Ｗエンゲージ；ⅸ
佐上のη（イータ）隊配属の連絡を受けて最初に訪ねてきたのはレイナだった。
レイナは何かと印象の悪いη隊に佐上が配属される可能性と、日本へ返還されるその両方の可能性を示唆されて、佐上が日本に帰ってしまうのではないかということを心配して佐上を訪ねてきたらしい。
「啓司・・・日本へ帰らないよね・・・私を置いて・・・」
佐上の部屋のドアを開けるなり息を荒立てて聞くものだから佐上は笑いをこらえずにはいられない。
次第にレイナの荒立った息が通常の呼吸に戻りはじめた時、ついに笑いを堪えきれなくなった佐上は大声を上げて笑い出した。
「？」レイナは訳もわからず大きな声で笑い続ける佐上をきょとんと見つめていた。
「いや・・・お前があんまり真剣なもんだから笑えてな。久しぶりにお前のそんな顔見た気がする」
それから数分ほど佐上の笑い声が止むことはなかった。
＊
匂いさえその色から発せられているのではないかと錯覚させられるほどの白色の空間で彼は目を覚ました。彼の名を三村。
「・・・・・」
彼は普段の睡眠より長い時間眠っていたにも拘らず、ふらつきや頭痛などは感じていないようだった。
視界や、意識は鮮明であるが、しかし、記憶だけはどうにも曖昧な状態でもどかしかった。
ふと、大窓に目をやった。大窓といっても、この部屋の半分がガラス張りのようなものなので、窓というよりもこの部屋そのもののデザインに等しかった。
その透けた壁の向こう、一人の大柄な男性の姿があった。なんとなく覚えているのだが、その名が喉まで出てきているのだが、どうにも思い出せない。
しかし、その曖昧な記憶の中の彼が語りかけてきた時、風船が割れて中にあるものが押し出されたように思い出した。
透けた壁の向こうの彼も言った。
『三村・・・少尉』
壁に阻まれ声までは聞き取ることかなわなかったが、確実にその口からはそう発せられていた。
その声に応えるかのように三村は少し微笑んだ。
＊
壁越しの三村は微笑んだ。その笑みは彼以外の何者でもなかったが、何故か後藤はその笑みに違和感を覚えた。その笑みは自分に向けられているようで、そうではないような、どこかここではない遠くの誰かに微笑んでいるような。そんな感覚が後藤の喜びを遮った。
しかし、待てよと考えを少し巻き戻す。
γ隊は壊滅した。彼、三村統冶一人を残して。
そのショックはやはり自分以上に大きいものだろう。何せ初フライトで同胞を亡くしたのだから。
「・・・仕方ないか・・・まだ自分の状況ですら・・・きっとりかいできちゃいないんだろう」
彼はそんな言葉をこぼして、出来る限りの笑顔を彼に向けてやった。
＊
三村は体を起こし、後藤のもとへ向かった。
自分が今どのような状態かをしっかりと把握できていなかったこともあり、自分の部隊の隊長である後藤の顔でさえも思い出すのに苦労した。
今も、実際生きているのかそれとも死んでいるのか、よくわからなかった。
しかし、彼は自分の意思で歩き後藤の元へ向かった。
後藤は言う。「早速で悪いが、医者がお前に会いたいそうだ。俺もまさかお前一人が生き残ってるとは
・・・あ、いやすまん。だが、よかった。お前がこうやって今、生きているんだから」
三村はこの言葉を聞いて初めて自分が生きているんだという実感を得た。
しかし、感動に浸る間もないようで三村はそのまま足を医務室へと向かわせた。
確実に疑われている。自分が異文明体であるという疑念を抱かれている。それはある意味当然で実際そうでないという確証も得られない。自分のことがわからない。
実に不愉快な話じゃないかと三村は思う。そのストレスは無意識に体を強張らせ、いつも以上に地面を重く蹴った。
途中、後藤が何か言っていたように思えたが三村は医務室まで振り向くことはなかった。