W・エンゲージ;[

 

 似て異なった二つの青がどこまでも続いた。その色は幻想的であり、どこか切なささえ感じさせるもの

だった。この青の向こうでは多くの同胞達が、舞い、戦いっている。

 その中で、ある者は勝利を勇み、そしてまたあるものは戦いに敗れ死を持って地に還元される。

「・・・」

 青の向こうを彼は睨んだ、彼のその視線の先あるのは太平洋の蒼い海に面したトリスティア基地。

「俺達がトリスティアを発って・・・六日・・・だったか?」

 誰に問うた訳でもなかったが、その呟きに今回“異文明体対策会議”の護衛任務に同行していた三人の

うちの一人が答えた。

「まぁ・・・そうですね。長い六日間でしたよ・・・護衛任務がここまで精神力と体力を浪費するものと

は、正直思ってませんでしたよ」

 世間話交じりに話してきた彼は、先日壊滅したという“γ(ガンマ)隊”の隊員たちの面影が重なる。

 彼は本来γ隊の隊長であるが、その卓越した操縦センスを買われ今回の任務に抜擢された。

 名を“後藤 慶介(ゴトウ=ケイスケ)”。トリスティアがだんだんと近くなり、広さや形を露にして

いく。たった六日間なのに何年も前に来た場所に思え、奇妙な懐かしさをふと感じた。

 γが壊滅した今、ここに自分の居場所があろうはずもない。しかし、戻ってきてしまった。ここにはあ

の陽気な笑顔で迎えてくれる者はいないはずなのに。

「確かに・・・長い六日間だった・・・」

 着陸する寸前、彼は切なそうにそういった。

                  

                          *

 

 今しがた、一つの実験が終わった。その実験とは、三村(ミムラ)のイメージングサイト適応力の測定

及び、精神状態の安定性の調査。更に、脳波や分泌物の測定なども行い彼が人間であるか否かを調べる実

験。

 その実験が終了したことを聞き、ベイルール=リカ=マーナは精密検査室の隣にある資料室に向かって

いた。

 精密検査室では三村が気持ちよさそうに眠っていた。実験は帰ってきて聴取などを取る前に行われたた

め相当な疲労を蓄積させたようだ。まぁ、最も異文明体の可能性が示唆されている彼を聴取するなど、そ

んな悠長なことをしているわけにもいかなかったのだろうが、彼が人間であったと仮定したなら相当の苦

痛だったろう。

「・・・ちょっと可愛そうだったかな?これでもし白だったら裁判物だよね」

 そんな冗談を言いながら資料室に足を踏み入れると、部屋のど真ん中にドンと置かれた業務用の机に交

差させた足を乗せ、サングラスをぎらぎら光らせタバコチョコを銜えた白衣の男が座っているという漫画

のような構図が狭い資料室で展開されていた。

「・・・やけにやつれてるね・・・何、そのポーズ、昔の不良?」

 ベイルールに気付いた白衣がサングラスを頭に乗せ彼女に目を向けた。

「私の世代の不良は確かにこういうのが主流でしたけど・・・昔というほど昔ではないですよ?ほんの十

年前ぐらいの話ですからねぇ」

「十分昔じゃない・・・その時私まだ13だったし」ベイルールはその幼さを残す顔に悪戯っぽい笑みを作

って見せた。

「リカくん・・・今ので私の心は半分に折れました・・・タイタニックのように沈没しそうですねぇ」

 予想以上の落ち込みとリアクションにベイルールは可及的速やかにフォローを入れた。

「嘘だよ、じゃぱにーず冗談」

「そうですか・・・心の四分の三が回復しました」

 気分は和んだが冗談を言っている場合ではない、今回の実験結果を聞かなければならないのだ。

「ところで・・・」彼女の心中を察したようで、白衣はそこから先の言葉を引き受けた。

「実験結果でしょう・・・私の今の態度のとおりです」

 そういわれてもわからないのだが、“そのわからない”がどうも答えのようだった。

「なるほど・・・」ベイルールは安心したような、がっかりしたような、どちらともいえるため息を吐い

た。だが、白衣はここである付け足しを加えた。

「ただし・・・彼は少し鋭すぎる・・・おまけに思春期を迎える前の子供のように純粋無垢、悪く言えば

“意味”を確立できていない心を持ち合わせている・・・」

「?」ベイルールは頭を少し傾げて疑問のポーズをとった。しかし白衣は気にせずに話を進める。

「また、恐ろしく勘が鋭い・・・昔のロボットアニメにあった新人類みたいにね」

「・・・新人類・・・?」ベイルールまたも疑問符。

「しかし、それ以外まったくいたって普通の人間・・・脈拍、血圧、脳内分泌物・・・ありとあらゆる方

面で調べた結果・・・コンピュータは彼を人間であると結論付けた」

「でも、調査部はそれを良しとしなかったわけね・・・」ベイルールが言う。

「お察しのとおり・・・ですねぇ」

 心地の悪い沈黙が漂い始めた。白衣もそうだが、ベイルールはこういう重々しい空気が苦手だった。何

故かその場にいるだけで肩こりを起こしそうだからだ。

 その重々しい空気を取り払ったのは白衣だった。

「まぁ、異文明体にさらわれ何らかの“処置”を施されたにしろ、彼がベルトをつけて超人ライダーに変

身とかしない限りこの基地からは逃れられませんよ」その後『女の子にはわかりにくいネタでしたね、す

みませんねぇ』と弁解したのだが、彼の性格を知っていたベイルールはあえて突っ込みを入れることを拒

んだ。そしてその代わりにまじめな世間話に話を傾けた。

「でも、今日帰還するγの隊長さんには酷だよね・・・せっかく生き残りがいたっていうのにその生き残

りでさえ異文明体の可能性が示唆されているんだから・・・」

 白衣はその言葉を割るように強めの口調で答えた。

「ありのままを報告するしかないでしょう・・・彼だって軍人です」

  やはり用意されている現実はこうなのだと、ゲームや本の世界とは違うということをベイルールは改め

て知ったような気がした。

 またも重たくつめたい空気がこの資料室を包んだ。ここまで複雑な事情だと二人では会話が続かない。

その時、コンコンという硬いものがぶつかり合うような単調な音が響いた。その音は狭い部屋だと余計に

大きく聞こえ一瞬何の音なのか判別できなかった。

 音は続いた。その音はドアから発せられていた。ノック音。

「どうぞ・・・お入りください、開いてますからねぇ」

 白衣が言うとドアがゆっくり開き始めた。ドアの向こうに立っていたのは異文明体対策会議護衛任務で

六日間基地を空けていたγ隊隊長の後藤慶介だった。γ壊滅の話を聞かされていた彼の表情は、いつもの

ように堅かったが、そのどこからか表情がひび割れてどこか切なさを感じさせるような顔でそこに立って

いる。

「・・・医務室へ行ったら、そこには居られなかったようでしたので・・・正解だったようですね、この

部屋で」後藤が言う。

「六日間のご無沙汰です、お疲れになったでしょう・・・背もたれはありませんが・・・どうぞお座りに

なってください」

 そういって白衣は背もたれのない折りたたみの丸椅子を後藤に勧めた。しかし、後藤は一瞬考えたよう

な顔で、その気使いを断った。

 それどころではなさそうな雰囲気でもあった。

 しかし、白衣はそれを予想していたかのような態度で自分の椅子から立ち、ベイルールが抱いていた資

料を彼女から受け取り、後藤に渡した。とても淡々とした動きは無感動で機械的な冷たさをまとっている

ようでもあったが、白衣から渡された資料を見て後藤の表情は“嘆き”を洗い流した“驚き”の表情へと

変化した。

「これは・・・事実ですか?」

「あぁ、精検室の前通らずに着たんですねぇ。何なら今から事実かどうか確かめては?」

 白衣が言うと、後藤は深々と頭を下げ出口のドアへと急いだ。だが、ドアノブに手を掛けた途端、白衣

から言葉が伝えられた。伝言だ。内容は『貴方が彼に会う時、もし彼が起きてたら暇を見て医務室に来る

ように』とのことだった。

 後藤は軽い会釈をすると、足早に精密検査室に向かった。

 

                           *

 

 同日、佐上のもとに一枚の書類が届けられた。

「・・・これ?」

 しっかりと直線的に折られた紙を開くと、佐上の今後についてのことが書かれていた。基本的には今ま

で回覧で回ってきたようなことがより細かく書かれていたのだが、その書類の一番下に佐上は打ち付けら

れたように見入った。

「・・・佐上啓司少尉・・・λ(ラムダ)よりη(イータ)隊への異動させる意を示すものとする。これ

は任意であるが、この要請を断った場合トリスティアより日本軍へ返還という処置になるので検討してお

くよう・・・」

 この瞬間、λという戦隊は完全に消失した。

 





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