W・エンゲージ:Y

 

 

「と、いうのが今現在の状況です」

 佐上は自分が眠っている間に起きた事をオペレータであり、佐上自身の恋人であるレイナから聞かされ

た。こまごまとした内容が殆どだったが、自分が目を覚ます前日に起きたという“γ(ガンマ)隊壊滅”

は佐上に強烈な衝撃を与えた。

「γには今日初フライトだった三村  統冶(トウジ)さんも含まれていたそうです」

「歳は・・・?」彼女は一瞬書類に目を落とし残念そうな表情で佐上に伝えた。

「その日に24歳の誕生日を迎えています。他の隊の数名を集めて誕生パーティを開こうと言っていた、

その矢先のことで・・・お気の毒に」

 ダン!という薄い鉄板を殴る音が佐上の狭い部屋に拡散した。その飛散した音は彼が思うそれを強く表

したものだったのだろう。

 何の皮肉か、笑えない冗談だよと佐上は思う。初フライトなのに、加え誕生日と命日が重なるとは。

「俺より二歳年下・・・お前と同い年だな・・・レイナ」

「えぇ・・・結構、有名な方だったらしいですよ?その三村さんって人」

 佐上もそれは聞いたことがあった。γ所属の三村という男は軍人としては三流だが人間としてはなかな

か面白い特異点を持った奴だと。詳しく聞くところによると“名誉”を重んじる男でありながら、誰かを

守ることが出来るなら。願っていたらしく、よく言う英雄願望の強い人間だったそうだ。

「最終的に、何も彼は得なかったんだな・・・」

 “若者にしては珍しい人間”は佐上もまた同じだった。見ぬまま散った同胞に対し、仇は必ず取ると思

うのだから。

 

                   *

 佐上が意識を取り戻してから三日が経った。あの墜落の衝撃にもかかわらず、佐上は今後に影響する外

傷どころか骨折の一つも認められずに今に至った。

「自分でも思うけど運が良かったんだな・・・」

 自分の新しい機体“ホープウィンド”を見上げながら一人呟く。

 今日はこの機体のテスト飛行をする予定になっていた。対異文明体戦闘機と言えどもまだ試作段階。

 やはり実際、飛行してみなければわからない性能や、状態不良。後者はおそらく大丈夫だろうと踏んで

いたが気になるのは前者“性能面”である。

 自分が一度落とされた相手だ。腕が追いつかないならそこは機体の性能でカバーするしかないだろう。

「せっかくリハビリの期間短くしたんだ・・・力を見せてくれよ・・・」

 コックピットに乗り込み操縦桿を握る。ペンギン先生(以下、白衣)が言っていたことが本当なら、操

縦桿を握っているだけでほぼ全ての機能が使えるはずだ。

  高性能且つ簡易操作にもやはりその分だけのリスクを伴った。

 そのリスクとは“時間”だった。コンピューターが通常よりも複雑なプログラムで動いている以上、実

行するのにも所要時間が大きかった。白衣に予め聞いていた起動時間は早くても配備されているF15・

イーグルのおよそ倍。そのため、迅速な対応が出来ない現状だ。実際、今も僚機が次々に滑走路に出てい

るのに佐上のみ足踏み状態だった。

「・・・いずれプログラムを更新していくから早くなるとは言ってたけど・・・マジかな・・・?」

 多少、疑心暗鬼になりかけたその瞬間。コンソールにアルファベットが表示された。

『Complete』

 ガタンと鈍い音を一つ上げて、“希望の風”が動き出した。

 白衣はホープウィンド起動と同時に佐上に回線を入れた。

「あー、あー。佐上君聞こえてますかねぇ」

「ばっちり聞こえてます」

「・・・では、まず機体の機首を二時方向に回転させて進むイメージを創ってください。くれぐれも頭痛

や眩暈を感じた時はシステムを落としてマニュアルに切り替えるように・・・なにせ初フライト。何が起

こるか予想が出来ない状態なんでねぇ」

 佐上は答えず、言われたとおりにホープウィンドを二時の方向にまで向ける。

 ばっちり、機首は二時の方向に向いた。コックピット正面は滑走路まで上がるリフトのシャッター。

 それが徐々に開き始め、そこから開いた分の光が溢れて届く。光が、希望の風の姿を露にさせた。

 その瞬間少なからずの整備員が感嘆の声を上げた。それは歓声にも似た声で、今から飛び立つ希望を後

押ししているようでもあった。

 ホープウィンドが滑走路に向け、発進した。

                                     

 滑走路に出る。先が蜃気楼のように揺らめいて見えた。天候は晴れ。フライトには持ってこいの環境だ

った。慣れない機体のせいか、何故か真新しく見える滑走路。

 その雄大な眺めを堪能していると、白衣から通信が入った。

「どうです?思ったとおりの動きが出来ましたかねぇ?」

「えぇ・・・実際、信じられませんがね」

「・・・では、このままテストフライトに移ります。よろしいですかねぇ?」

OK

Yes,move of flyingmode・・・」

FlyingMode,none・・・」

 幾度か専門用語での無機質な会話が交わされた後、メカマンとしても、また医者としても優秀な白衣の

助手であるベイルール=リカ=マーナからテスト開始の合図が出されるのを待つ。

「テストモード開始します」

 幼さを残すリカの声が開始を告げた。

「了解、佐上発進します」

 2気筒のジェットエンジンが青い炎を徐々に大きくし、ウィンドホープが空へと舞い上がろうと翼を広

げた。ウィンドホープは風を切り、放たれた矢のようにスピードを増していく。

 ノーズギアが上がる。そして、メインギアが地から離れた。

 離陸完了。このとき佐上はマニュアル操作ではなくイメージングサイトシステムを起動させた状態だ。

 ということは、一応は飛行に成功したわけである。司令室から歓声が上がる。同時に司令室に遅れて到

着したマクラーレン少将が席に着いた。

「成功かね?」

「えぇ」とリカ。まだ少女の時の幼い面影を残しつつも仕事の時は、特に戦闘機を空に出す時には真剣に

アプローチ等の指示系統をこなし、表情一つ変えない彼女だったが今回はその表情の隅に微かな笑みが見

て取れた。

 マクラーレンもその表情を見て確実にうまく行っていると安堵の表情を浮かべる。

 その間も、ホープウィンドは高度を上げている。ただ今二千フィート。

 今回の目標高度は高度一万フィートで、その間にターゲット撃破や旋回などの訓練も行う予定だ。

 早くも高度、五千フィートに到達。第一ターゲットを補足した。勿論イメージングサイトシステムを起

動させている状態で。目を瞑っていてもわかるターゲットの位置。

「すげぇな・・・」思わず言葉が出る。何故だかわからないが、ターゲットの位置が感覚的に知ることが

出来た。

「機関砲発射。ターゲットを撃破してください」

 ターゲットに近づくと同時にターゲットの形状もはっきりとはいかないが把握できるようになる。

 形状は、風船のような形。球状のターゲットが浮遊しているのだ。 

 指示通りに機関砲を発射。しかし、一射目は外れた。

「落ち着いてください、気を楽にしてくださいねぇ」と白衣。佐上も無意識のうちに方に力を入れていた

ようだ。ため息を一度吐き、適度に肩の位置を落とす。

 もう一度、発射をイメージ、二射目は成功。

 ターゲットはばらばらに砕け、地に落ちていった。

「あのターゲットには爆発すると中からECM(電子妨害装置)が出てきて自動的に稼動するように設定

したんですけどねぇ・・・調子はいかがです、佐上君?」

「感度良好。レーダーには少しノイズがありますが、イメージングサイトにはまったく問題ありません」

  司令室が再び沸く。聞こえてきた声は異常なまでの性能に対する恐怖か、驚愕に近い驚きに震えた声だ

った。

 テストフライトは続く。ホープウィンドは特に異常をきたすことなく折り返し地点を過ぎた。

 とそれとほぼ同時刻、司令室のドアが慌しく開けられた。

「?」

 司令室一同が同じドアを目視した。

 入ってきた隊員はその多数の視線も気にすることなく、白衣に声をかけた。

「先生・・・来てもらえますか?」

「・・・なんです?今忙しいんですけど。まぁモニター観察してるだけですがねぇ」

「たった今、γ隊隊員・・・三村統冶(ミムラトウジ)と思われる人物が滑走路上で倒れているのを発見

しました・・・」

 沈黙。その場の皆が絶句した。三村の名は知らずともγ隊壊滅の知らせは皆が知っていた。

 作戦地域はこの場所からかなり離れていて、とても四日やそこらで歩いて帰ってこれる距離ではないし

何より、三村がどのような最後を迎えていたか。あの気化爆弾の爆発で生きていることは、奇跡や悪運と

いうより最早、異常としか思えない。

 皆が沈黙を続ける中、白衣があっさりと沈黙を破った。

「息は?」

「無論、あります」はっきりとした軍人らしい口調。

「あー・・・念のため聞いておきますが・・・脚はありますね?」

「息がありますから・・・当然」

 そんなやり取りを数度交わした後白衣は立ち上がり、マクラーレン少将を見る。

「どうします?」

「・・・」マクラーレンは一息おき、上官の威厳を漂わせるような低い声で言った。

「行きたまえ・・・いや、行ってくれたまえ」

「・・・・・」白衣も静かに頷く。

「ベイルール君・・・後頼みます」

 リカは「うん」と答えるとモニターに向き直った。

 当の白衣は言うとすぐに扉を開け足早に現場へ向かった。

 

 





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