Wエンゲージ:X

 

 どこまでも透明な静寂を保つ空、そして眼下に広がる白雲の森。その更に上を飛ぶ6機の編隊。

 トリスティア基地所属空軍第二強襲部隊、別称γ(ガンマ)隊。彼らは昨日の哨戒中に発見された敵側

の建造物と思われる物体を空爆する任務を与えられていた。

 その中には、今回初めて任務を任された新人、三村統冶(ミムラ=トウジ)もいた。

 彼は成績ほど優秀でなかったがそれでも空への想いと、その志だけは高く持ち、γとしての誇りを持ち

続けることを誓うほど兵士として出来ていた。しかし、そうでありながらただ一人の兵士ではなく、ただ

一人の人間としてあろうとする部分、人間としても出来ていると言われていた。

 そんな彼は今回初任務だと言うのに任務の中核ともいえるポジションに立たされた。それは“敵建造物

に気化爆弾を投下する”役割だった。

 気化爆弾とは爆発と同時に辺りの空気を一瞬で蒸発させることで爆発力を強める兵器で、かなり強力な

兵器として知られていた。だがそれだけではない。先にも言ったとおり辺りの空気を蒸発させるのでたと

え爆風から逃れられたとしても窒息してしまう、核の次に残忍な兵器としても知られているものだった。

 それを抱えているのだ。少しでも間違えれば彼だけでなくγ隊全てを爆風に巻き込むことにもなりかね

ない。

 だが、そんな位置をあえて彼らγは三村に任せた。それは彼を信用しているからでもあるし、初任務の

彼に華を持たせてやろうという計らいでもあった。その華は持てば最高の誕生日プレゼントになるのだろ

うと彼らは考えたからだ。

 そう、彼三村は今日誕生日を迎えたのだ。24歳の誕生日を。

 しかし、それをうれしく想う様子もなく三村は操縦桿を強く握り締めただ頑なに前を見続けていた。

 その動きは直接機体にトレースされ、自然と機体の動きも硬いものになる。そんな様子を見て、γ隊副

隊長のリー・リジュンが通信を入れてきた。

「三村、肩に力が入りすぎてる。落ち着け、お前は俺らがバッチシ面倒見てやる。もしなんかあったら隊

長にどやされるのは俺だしな」

 と冗談交じりにリーは言う。今回の任務には本来隊長である後藤慶介(ゴトウ=ケイスケ)はいない。

彼は彼でインド洋上で開かれる“異文明体対策会議”の周辺護衛の任務を任されていた。

 そのため副隊長であるリーが今回の任務の指揮をとるのだ。

 彼は三村に力を抜くように言った。それは中核をなす三村がそうでは指揮系統が狂う恐れもあったし、

何より三村が危険になるからだった。

 それを三村も重々承知していたので言われたとおりに少し力を抜いた。

 そして暫く談笑の後、急に緊張が走った。

「目標を確認」

 γ隊の一人、ジョージ=カンザスからの通信。

 今回の目標である異文明体の建造物をレーダーで捕らえたようだった。その直後には木崎という隊員か

らも目標を視認との通信が入った。

「各員、フォーメーション崩さず突入。ぬかるなよ!」リーの一声で先ほどまでの談笑は緊張にまみれた

 目標は各辺、正三角形を模した四面体で大きさはかなり巨大なようだった。

 更に近づく。本体の色がわからないほど表面は辺りの景色を鮮やかに写して、森の上を低空で浮いてい

た。それは奇異な芸術家が描いたような幻想的で、また寒々しい透明感を持った歪な絵のようだった。

「趣味が悪い冗談みたいだな・・・」隊員の一人が言う。三村だけでなくほかもそれに同感のようだった

 気がつくと、敵影が増えていた。異文明体戦闘機。

 機数は4。数で言えばこちらが有利であるが、相手は何が出てきても文句は言えない異文明体郡。油断

は無論のこと出来ない。しかし、最近は撃墜報告例も多数寄せられているので落とせないわけでもなさそ

うだった。

「クラーケン・ワンより各機へ、ジョージ、木崎は俺と戦隊処理。他二名は三村を援護しろ」とリー。

 これで3対4だが、リーは不利になったという考えはしなかった。

「いくぞ!」リーの合図でフォーメーションがチェンジされる。

 3機編成で4機に向かうリー達。しかし、チェンジ直後の一瞬のブレを彼らは見逃さなかった。

 2機が木崎隊員の後ろにつき背後からミサイル。一瞬で爆散。

「木崎が落ちた!」一瞬、ジョージが狼狽。しかし、それはリーが冷静さでカバー。

 わざと速度を下げて敵の背後に周るという大胆な方法を取った。隙を付かれた異文明体戦闘機は発射さ

れたミサイルを受け1機撃墜。ミサイルを2発動時に発射していたが、内1基は巧みな回避でかわされて

しまった。焦ることなく機関銃で背後から撃とうと旋回して体勢を立て直す。

 彼の後ろではジョージも2機に応戦している。

 いや、たった今1機が機関銃で堕ち1対1に。

「ビンゴ!」ジョージの歓喜が通信からもれた。しかし、それを最後にジョージから通信途絶。

 見ると、なんとジョージと戦闘していた残り1機がジョージのコックピットに機首を向けそのまま突っ

込んでいたのだ。今までそんな戦い方をしなかった異文明体。

 リーも一瞬焦ってしまった。死を恐れていないような戦い方の彼らに憎悪にも似た畏怖の感情が芽生え

たのだった。

 そして、感情に流されたリーも行く果ては同じだった。

 空に紅黒い華が咲く。

「リー副隊長・・・が」一瞬、リーの枯らした華に目をとらわれたが、隊長の一言を思い出し向き直る

三村。『感情は後回しなのだ』と。そう悲しむことなどいつでも出来よう。なら、今出来ることを全力

で成し遂げろ。隊長は常々そう言っていたのだ。三村はそれに従った。

 が、しかし、数秒後今この場に残っているのが自分だけだとした時はさすがに三村も折れてしまった。

 感情が周囲に目を向けさせた。レーダーはただ淡々と無感動に現実を突きつけた。

 そこにあった“LOST”の文字が意地の悪い悪戯のように三村には見えた。

 認めたくなかったのだ、そんな無機質な赤い字で片付けられてしまうことが。

 それだけで終わらされる皆の命が強く惜しまれた。

 本来ならば、彼もその一瞬の隙を突かれ空に散る華になるはずだった。しかし、それは数十秒先送りに

なった。

 三村が漏れかけた嗚咽をこらえ、前を向き直った時だ。

 辺りの空間が少し歪んだ。

「これは!?」三村は言うがそれが何かはなんとなく理解した。それは目標建造物を取り囲む防衛装置。

 そう、所謂バリアだ。

 自分がその中に突入しようとしていたことに気付くと、その時には遅く空に最後の華が咲き、種子をば

ら撒くように破片を散らして枯れた。

 しかし、気化爆弾を持っていた三村機は最後の足掻きというべき巨大な爆風をそこに残した。

 建造物、異文明体同時LOST。

 その後の調査で周辺をくまなく捜査したのだが、あれだけ巨大だった建造物の破片はおろかそこにあっ

た存在証明さえ闇に消えた。「狸に化かされた気分だ・・・」一人の兵が空に呟く。

 それは、γ隊消失という代価を支払わされた壮大なイリュージョンのようだった。

 

                      *

 

 その翌日だった。元λ(ラムダ)隊・佐上が墜落後初めて目を覚ましたのは。





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