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佐上が白衣に身を包んだペンギン先生に連れてこられたのは仄暗い地下施設だった。

「ここにあるんですか?」訊く佐上に「はい、そうですよ」と一言答える。

 地下は周辺の殺伐とした景色も相まってやはり肌寒さを感じる。何故こんな所に新型を置いているのか

と新しい質問をすると『まぁ、他の機体よりデリケートなんで下手に触られて機嫌でも損ねられたら大変

ですからねぇ』と“機嫌を損ねる”などと機械に当てる言葉にしては不適切な答え方をされた。

 白衣が足を止める。そこはこの基地で見てきたどの扉よりも大きく、そしてこの地下には不相応な程の

光沢を放っていた。

 白衣の説明によるとそこは前大戦時、試作兵器や新型兵器を保存しておく時に使った言わば兵器の貯蔵

庫だと言うのだ。確かにこの基地に配属された当時いろいろな場所を見せてもらったがこの場所は、中が

殆ど空で見ても意味がないという理由から外部を見ただけでここに関しては何の情報も持っていないし、

この地下施設自体、兵員はくる必要性がなく足を運ぶことすらなかった場所しらないのも無理はなかった

「ここなんですか?」

「えぇ、ここは私が買い取りまして、ここを試作兵器の開発施設として使用させてもらってる場所なんで

すよ」

 言うと、白衣はポケットからテレビリモコンのようなものを取り出して機器中央部のボタンを押す。

「耳はふさいでおいたほうがいいですよ?」白衣がそういうと、目の前の扉が轟音を響かせ開き始めた。

巨大なだけに開くのにも時間がかかる。開け放たれると同時隙間から冷気が流れ出す。

 視界を下から上に。部屋は想像以上に巨大で、どれだけの大きさなのか判別がつかない。

「あれです」とそう白衣が顎で示した先にシルエットが一つ。巨大で流線形を模したそれは明らかに戦闘

機のシルエットだったが、その戦闘機は機械には不自然なほど透明で自然的な光を放っていた。

「あれが・・・」訊くがそれがそれを無視して白衣は進む。

「こう暗ければ何も見えないでしょう、電気つけてきますんで少々お待ちを」

そう一言言うと白衣は施設奥に影を落としていった。

  佐上はゆっくりと透明のシルエットに近づき、目を閉じてそっと触れる。

 金属独特の冷たさが指から伝わり身震い一つ。しかし、そこから溢れ、佐上を包む冷気は金属から発せ

られるものではなく夜の森のような少し湿気を帯びた心地よい冷気だった。

 無意味にため息が出る。それほどにこの戦闘機は自然的な美しさを持っていたのだ。

 パチッと何かがはじける音がして目を開けると明かりがともされていた。

 四方八方からライトを当てられ、シルエットだった戦闘機がその姿を露にする。

 目の前のそれは周りの冷気のせいで影はより重厚感を増し先ほどとは違い迫力在る存在になっていた。

「これが・・・」佐上はその存在感に圧倒された。言葉をなくしている佐上を見て白衣はさも嬉しそうに

説明する。

「この機体は速度でこそ従来の機体と大差ありませんが、可変翼(変速と同時に開いたり閉じたりする翼

)を装備し、コンピューターやレーダーにも多少の改良を加えておきました。あと、何より違うのは新し

いシステムを導入したことですねぇ」

「新しいシステム?」もちろんこの機体が自分のものになる以上それにも大きな興味を示す佐上。この反

応を舞っていたと言わんばかりに再び得意げになる白衣。機体上部を指差し言う。

「コックピットを見てもらえますかねぇ」

 佐上は白衣の指の直線状にあるコックピットを見た。そのコックピット楕円状をしており他の機体とは

違い、その部分だけ独立しているように、例えるなら鳥の巣の中の卵のように見えた。

「あれは・・・」

 佐上は更に興味を示した。

「あれがこの機体の新しいシステムの容(かたち)。名をエッグフライヤーと言うんですねぇ」

「エッグフライヤー・・・」佐上は白衣の言葉を追うように呟く。“飛ぶ卵”その名に相応しい卵のよう

な形状。それが今回の新しいシステムだと言う。確かにそれは他の戦闘機とはまったく異なったコックピ

ットであることに変わりはない、しかし形状だけではどういうものなのか見当すらつかない。

 更に説明を求める。

「あれはですね、機体破損によって生じたパイロットの死亡確率を極限まで低く抑えるために造られた言

わば“緊急離脱システム”なんですよねぇ」

「緊急離脱システム?」

 説明をもらったがまだ先が見えない。“緊急離脱システムで”あり“緊急脱出装置”とはまた別のシス

テムらしい。

 違いとはいったい何なんだろうと佐上はしばし思考をめぐらせる。

 その様子を見て白衣は更なる質問を求めるように視線を送る。

「・・・すみません・・・もう少し詳しく・・・」

「・・・でしょうねぇ」あっさりと先を求める佐上に予想通りのリアクションをありがとうと一言。

 その後、白衣は地を踏み固めるように細かく説明を加えていった。

「エッグフライヤー、緊急離脱システム。先にも言いましたがこれは脱出時における危険を回避するため

の装置です。だがそれだけでは・・・やはりないわけです。たとえばこの装置のすごいところは機体本体

が破損したとき、エッグフライヤー離脱と同時、機体本体を自爆させエッグフライヤーの航続距離を通常

より伸ばすことが可能になります。勿論、機体の破損率、また破損部位により自爆システムが発動しない

場合もありますがエッグフライヤー自体もマッハ1程度の速度で十数分の航行が可能ですので自爆システ

ムは作動せずとも問題ないでしょう。そして、それに伴い機体墜落によるデータ損失も抑えられます」

 佐上は何も言わずに耳を傾け、いや、何も言うことができずそれを尻目に白衣は更に続ける。

「次に脱出した場合が海上だったとき、それも太平洋など大きな海洋で装置を使った時。このときにもこ

の装置は有効ですね、エッグフライヤーは耐水加工や耐圧加工も施してありますので潜行して安全を確保

することも可能なんですねぇ」

 佐上がここで質問する。

「じゃあ、耐圧上限を超してしまうほどの深度に達した場合は・・・?」不安そうな表情に白衣は『それ

は大丈夫です』と即答を返した。

「耐圧加工の限界値に近づくと深度安定システムが作動して安全な深度を保っておけます。航行時間は空

中より短くなりますが深度安定システムは丸二日間連続稼動可能ですのでその間に救難信号を拾ってもら

えることを祈っててください」

 佐上は絶句するが更にそれだけではないという。言葉のない佐上に白衣はラダーに上がるよう指示を出

す。何が何なのか理解を得ぬまま佐上はラダーに上がりコックピットを覗く。

 異質な外見とは裏腹にコックピット内部は通常の戦闘機と大して変更されてはいない。

 特に気になったところといえばHUD(ヘッドアップディスプレイ)が通常より少し大型化されている

ところぐらいだ。

 佐上は暫く首を傾げて深く観察する。しかし、どれだけ目を凝らそうとやはり他機との大きな差異は認

められず、首だけで振り向き白衣に訊く。

「何か・・・違いが?」

 白衣はあごひげを蓄えた老人のように顎をさすりながら、言う。

「まぁ外見的違いでこそあまり認められませんが、この機体には“イメージングサイト・システム”とい

う新機軸の操縦システムが加えられているんですねぇ」

 また初耳のことばが白衣から提示される。

「イメージングサイト?」佐上がなぞるように言うと白衣がその後を取って代わり説明をする。

「えぇ、このシステムは機体に装備されたレーダーだけでなく人の皮膚感覚や目視で捕らえた敵と認知し

たものを敵とし、より早い攻撃態勢への移行と同時に反応速度の向上も望めるようなシステムなんです。

つまり、この機体は人の洞察力、判断力を駆使した言わば人間レーダーなわけですよねぇ」

「人間レーダー・・・」

「えぇ、それにイメージングサイトで操縦している間は特殊ヘルメットをかぶって操縦桿を握るだけで動

きますからリハビリは殆どイメージトレーニングのみで済むんですねぇ」

 そんな馬鹿なと言う半信半疑の表情を隠せない佐上。

 その信憑性を押すように白衣が続けて言う。

「疑うのは仕方ないでしょうがねぇ。あなたは今回の墜落で奇跡的に身体的障害が起こりませんでしたの

で三日後に試験飛行します。ホープウインドのマニュアルをお渡ししておきますので、暗記しておいてく

ださいねぇ」

 そう言って白衣はマニュアルにしては比較的薄めの本を手渡して口の端に笑みを作った。





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