W・エンゲージK
任務完了後、最初に帰ってきたのはη(イータ)隊ではなくその同行者の三村であった。
三村は最後の最後まで警戒されていた。ηより先に着陸させたのは三村がη隊着陸の折に下手な攻撃をさせないためであった。特に対異文明体戦闘機である佐上のホープウインド一号機は最優先防衛目標であり、それに手出しされるわけには行かなかった。
やつが異文明体であれば対異文明体戦闘機であるホープウインドには警戒するはずだが、その警戒すべき目標のその二号機に乗ることになるとは皮肉の極みだなとη隊隊長嘉川(かがわ)はそう冷淡に思っていた。
一方の三村はホープウインドを降りるなりさっさと滑走路の隅により、設置された防音壁にもたれかかった状態でη隊の着陸を待った。
そのときの様子は轟音や強風に対しても微動だにせず、まるでそこに設置されたマネキンのようにそのやわな皮膚を固めていた。
η隊が着陸を終えたことを確認するとさも興味のなくなった猫のようにそそくさと滑走路を後にした。
それを見届けていたのは嘉川の刺さりそうなほど鋭い視線だけではなかった。
西日の強い司令室にかけられたブラインドをわざわざ全開放してその隙間から目を覗かせては娘を心配する父のような寂しげで柔らかな視線を投げていたのは元γ(ガンマ)隊隊長の後藤だ。
その隣には顔に三日月を浮かべている白衣(自称ペンギン先生)の姿があった。
ふと三日月が形を崩し声を発する。
「彼・・・どう思われますか少佐?」
言葉はもちろん後藤に投げかけられたものだ。対する後藤は質問の意味がわかっていながらも訊いた。
「どうとは?」
白衣は肩をすくめる動作の後、言う。
「彼は異文明体であるかどうか・・・ですねぇ」
後藤は滑走路上の三村を目で追いながら言った。
「あいつは・・・人間ですよ」
「根拠は?」
「勘です」
即答。
数瞬の後に白衣は高笑いを上げた。馬鹿にするような表現だが、そうではない。あまりにも考えがお互い一致しすぎていたからだ。
「いや失礼・・・まったくとして同じ考えです。普通なら『憶測の域を脱していないどころか
もはや憶測ですらない』と一蹴しますがねぇ・・・相手が"彼"ならよもやそういうしかないんですねぇ」
三村は自分に対してそのような見解がなされていることなど知る由もない。
後藤は思う。
確かに俺の知る三村の様な穏和で周りの雰囲気を良くも悪くも変えてしまう空気は今の三村にはない。しかし、そうでなくともその奥底に潜んだ言葉という一種の情報ではまったく表現不可能な“何か”がある。それは今も昔も、たとえ顔が変わろうと記憶を失おうとおそらくは変わらない“何か”。
それを知るから二人は言う。
「彼は人間だ」と。
*
この頃行くところ話題のネタになる三村は、人の行き交う廊下を歩いていた。
しかし、その様子は眠っているように強く目を瞑りノロノロと重たそうに足を引きずっていた。三村が通ればその後ろからひそひそと声が聞こえる。すべてがすべて三村に関係したこととは限らないがおそらくそのほとんどは三村関連だと言える。
しかし、そんな下らないひそひそ話など耳にも入らないのか、はたまた考え事をしているのかまったく興味がないのかその中のどのものとも一致しない考えがあるのか、その顔からは全くとして今の感情を表現できそうな部分はなかった。
不思議なことにここ最近で急激に三村はトリスティア基地の名物と化していた。その素性は知らぬとも名を知らぬものはいないといっても過言ではない。
元から、言い知れぬ変わった雰囲気を持っていて、目立とうとしなくてもなぜか目に付いてしまうような人物だった。
そして今は、注目されるようになったためその雰囲気はさらに色濃く強調された。
三村がなぜそこまで噂に上るのか。答えは簡単だ。
怖いのだ、恐れている。畏怖されている。
なぜなら、三村はありえない状況からの帰還を果たした。それもほぼ無傷で。
それ自体が異常であり、そこに存在するあらゆる異常は人にとって恐れられる対象、超常的存在。簡単に言えばゴースト、そう“幽霊”だ。
しかし、彼はいまだに人間の形と言葉を貫き通し存在する。
実際、今も自分の部屋で一刻も早く眠りたい。そのことしか考えてはいなかったのだ。
目を瞑ったまま。唯一、安寧が保たれる“眠り”を求めてただ歩いた。
障害物にも、人にも、道筋ひとつ間違えずにただ進む。
一言彼がつぶやいた「眠い」
*
休憩中のレイナと一緒に佐上は基地内にある喫茶店に来ていた。
噂好きのレイナは早速、三村の件について佐上に質問攻めを浴びせていた。
「あの人ってやっぱり異文明体なのかな?」
「いや・・・どうだろう正直わからないな・・・俺は人間であってほしいよ」佐上はさらりと答える。
人間であってほしい。言うのは簡単だが、その理由は深い。
ひとつは彼の人間性。なんだかんだで文句や罵倒すら浴びせられても人を守るのではないかという信頼感が彼にはなぜかあった。佐上が彼に対する理想を押し付けているだけかもしれないが、それだけではないような気がする。それは前回のフライトで三村が嘉川を助けたことで何か確信的なものを覚えた。
なにせ嘉川はあれだけ三村に対してあれだけ目に見えた不信感を持っていたにもかかわらず
三村は嘉川を助けた。
仲間、いや同種を守ろうとするのは人間の本能的部分であり、それが異文明体に存在しているとはどうしても思えない。
それは三村が異文明体でないと、確信した理由とは逆の意味で。
しかし、本心を言えば三村が異文明体であった場合、他のだれが異文明体なのかわからなくなる。もしかしたら目の前で可愛らしい仕草を時々見せては楽しそうに話してくるレイナが異文明体かもしれない。いや、それどころか自分が本当に自分なのかさえ怪しくなってくるのだ
だが、今はすべて可能性の枠を超える理由ではなく勘や希望に基づいた結論しか出せないでいる。
「そうなんだ・・・」
佐上の答えにレイナは考え事をするような表情でそう呟いた。
「だけど・・・すぐに答えは出るんじゃないかな・・・」
佐上はそう言った。
理由はなぜだろう・・・と言った佐上でさえわからない。
ただ、そんな気がしたのだ。三村が、自分がどんな存在なのか近々わかるような気が。