Wエンゲージ;11
先に発進した佐上たちに少し遅れて三村のホープウィンドがη(イータ)隊に合流した。
いくら簡易型とはいえほんの数時間前に教え込まれた操縦法だ。佐上を含め隊員一同、彼が相当ぎこちない動きを見せるのだろうと予想していたのだが意外なほど柔軟な動きだった。イメージした動きが直接機体に反映されるので、今の彼のイメージは相当正確で、また集中も出来ていることだろう。
しかしその完璧な操縦は、ηの隊員に不信感を募らせる要因には十分なりえたようだ。
嘉川(カガワ)隊長がその不信感を押し出すように言葉を投げかけた。その棘のある口調の先には三村がいた。
「おいゴースト、わかってるだろうがお前は俺達の隊とは一切関係ない。もしなんか妙な動きを見せた時は、覚悟をしておけ」
三村は数泊置いて『了解』と一言そういった。
その後暫くは、各員何も聞かず、言わず。特にこれといった異常も認められずフライトを続けていた。
嘉川は先の棘のある口調を幾分か柔和にして佐上を含むη隊全員に言った。
「ふむ。とくに・・・異常は無しか。いいだろう、このまま帰還して新人歓迎会でもおっぱじめるとするか?」
「いいっすね!いい酒手に入れたんすよ〜」
トニーが言うと、η隊全員のテンションが高潮する。しかし、このままの帰還はどうも出来ないような状況に彼らは落とされた。
「隊長、酒の前に片付けるものができたみたいですよ」ユークリッドの機体に敵機反応が出た瞬間、η対と三村を含む全ての機体に敵機反応が現れた。敵数は三機。いつも五、六機の編成で飛んでいる異文明体にしては少ない感じがしたが、恐らくはどこかに潜んでいる。隊員全員がそう踏んでいた。
隊長の指示を仰ぐ前に、関係ないといったのはそちらだろうとでも言いたげに三村は小隊から外れ急な旋回で異文明体の元に向かった。
しかし、その反応は嘉川にとって「尻尾をつかんだ」と思い込ませる行動であった。
「三村が動いた。まだ容易に判断はできねぇがやつらと合流する可能性は高いだろう。追うぞ」
全機体は嘉川の指示に従い、機首を三村に向けた。
距離はそう遠くはないが、ここからならトリスティアの方が近距離だ。新たな情報が入るとすればトリスティアのほうが早いだろう。
嘉川は早速管制に連絡を入れる。しかし、意外にもトリスティアが掴んでいた情報はこちらηがもっている情報量と大して変わらなかった。
そうこうしているうちに敵はかなり近くに接近していた。
というよりも敵機が近づいて来ているようだった。
「やはり・・・三村とコンタクトを取る気だな・・・やつら」
あっという間に異文明体郡はロックオン可能範囲内に入る。敵機の警告音が鳴り響く中、嘉川はη隊全員にこう指示を出した。
「敵機は・・・現在三機だ。増援も予想されるが一機は残しておけ。それはゴーストに落とせる」
佐上はやはり三村を疑っているらしいことが納得いかなかったようだが、この状況ではいたし方がないことにも思えた。勿論他の隊員たちは了承したのだが。
敵機がη隊に機首を向けてきた。三村は少し離れたところで飛んでいる。
「ゴースト、お前が異文明体ではないなら証明してみせろ」嘉川が挑発的に言うが、三村はあくまで冷静に切り返す。『あなたも指示は受けません。しかし、これは軍務です。それぐらいは果たします』と。
言うと三村は加速。あっという間に異文明体を追い越し、彼らの背後に着こうとする。
しかしそう簡単に後ろを取らせるはずは、やはりなかったのである。異分明体機は一機を除き上昇、それぞれ左右に旋回し、三村を振りほどこうとする。
三村は右方向の機体を追い。旋回。上昇中にレーダー上で二機が重なったその途端異分明体機“Lost”
一瞬の出来事だった。極力接近したところを機関銃で打ち落としたようだ。
今度は三村とは逆方向に旋回した機体と直進してきた機体とがη隊に向かってきた。
時間的に見れば、直進してくる機体のほうが早い。
その機体をフォーメンション上、一番先頭に立っているランダートがミサイルで打ち落とそうとする。
相手はそのミサイルが攻撃要素として発射したものではないということにまだ気付いていないようで、
あまりに基本的な旋回でミサイルをかわした。それが命取りであったことを知った敵機はもう既に青い空に紅い爆炎という華を咲かせていた。
せめて背後で構えていた柿辰(カキトキ)に気付いていればこうならなかったかも知れんのにな。
嘉川はそう冷淡に思った。
一息つく暇もなく、今度は左側の敵機が突っ込んでくる。
「佐上少尉!」柿辰に言われ佐上はフォーメーションから少し外れる形で迎撃体制を取る。少し無謀な判断だったが、もう既にどうこう言っている暇は皆無だった。
佐上は敵をその強靭なイメージで捕らえたままミサイルを叩き込む。ミサイルは見事に命中。しかし、佐上の目は新たなる機影を確認した。その影は戦闘機にしては非常に小さく見えたがそれは当たり前だった。何せそれはいまだかつて確認されていない形状の異文明体専用ミサイルだったからだ。
その影は二基。どうも撃墜される直前に発射されたミサイルらしく、その弾道はまるで個々に意思を持って逃げ場をじりじりと狭めていくようだった。しかも狙われていたのは嘉川らしくミサイルは間近にいた佐上を無視するかのように佐上の脇をすり抜けて下方へ流れていった。
「!」
嘉川が気付いたときには既に回避するのも困難な状況に彼は陥っていた。動揺を隠しきれない隊員たちはそのフォーメーションを少しずつ崩した。ばらけると増援が来た時に不利になることは重々承知だったが、こうしないと機体同士の距離が短くなり下手をすれば自滅の可能性さえあった。
そうしている間にも二基のミサイルは嘉川との距離を詰めていく。『マズイ』と直感的に悟ったが、ミサイルが一基、どこからか放たれたミサイルによって落とされその爆風の誘爆で残り一基もあっけなく空に散った。
「・・・何?・・・いったい何が・・・」
困惑気味に嘉川はミサイルが飛来してきた方向を見る。そこにあった影は紛れもなくホープウィンドの二号機。三村だ。
「・・・ゴースト・・・か」
気付くと爆散した異文明体機も完全にその痕跡を消し去って、空は静寂に戻り増援の気配も全くとして認められなかった。
およそ二分後、トリスティアから全機の帰還命令が降りた。
ディスプレイに静かにRetune to basuの文字が表示され、嘉川も全機に指示を出す。「トリスティアへ帰還する。各機フォーメーションを保ち、俺の指示通りに続け」
その帰還途中、三村のホープウィンドに鋭いまなざしを向けていた嘉川に三村は気付いている様子はなかった。