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 佐上のη(イータ)への配属が決まってから二日ほどたった。

 その日は佐上がη隊に配属されてから始めて空を飛ぶ日だった。

 そして、そのブリーフィングのためにη隊全員が集められたわけだが、今まで慣れ親しんでいたλ(ラムダ)とはかなり違う。よく言えば威厳があり、優れた軍人であると言えるだろうが悪く言えば“柄が悪い”というのが適当なところだろう。

 配属が決まって以来、η隊全隊員に挨拶回りはした。しかし、殆どは興味がない。挨拶なんかは後でかまわない。といった様子だ。

 その時点でやはりいい気はしない。だが集まると尚のこと悪印象だ。

『レイナの言ってたことはあたってるかもな』と佐上は心の中で呟いた。レイナ曰く『ηは悪い噂をよく聞く』とのことだった。噂の具体的内容までは情報源であるレイナ本人もあまり知っているふうではなかったが、ここにきてなるほど噂をたてられるだけの雰囲気と様相を持った小隊である。

 ηの構成は初老の男が四人、他の隊員から見て意外なほど若い隊長。そして佐上を含む計六名で構成されている。特徴まで述べれば、色白長身のユークリッド少尉。それと正反対の黒くて筋肉質ランダート少尉。これといった特徴が見えてこないのが特長とも言える無個性派の柿辰(カキトキ)同じく少尉。そしてηの中で唯一軽そうなイメージを持ったトニー中尉。そして、佐上より二つ年上という他からすれば若い隊長の嘉川(カガワ)少佐。

 今はブリーフィングが開始するのを静かに待っているが、ブリーフィングルームに白衣が入って来るなり、表情が変わった。

「・・・あんたはお呼びじゃないぜ。今日はマクラーレン少将とお偉いさん他が来ると聞いてるが?」と真っ先に口を開いたのは隊長の嘉川だった。

「まぁ・・・わたしもその“お偉いさん”に一応含まれているわけですがねぇ」という白衣の切り替えしにはフンと鼻を鳴らしてそれっきりだったが。

「さて・・・今日は少将が国際会議の臨時招集を受けましたので、今回は私が取り仕切らせていただきます。とはいっても、堅苦しい儀式的行為は省かせていただきます」

 そりゃあいいとその時ばかりは意見が全員一致した。ブリーフィング自体もさほど重要なことは伝えられず、いつもの哨戒コースから少し外れた空域を指示に従いフライトする。

 任務としてはシンプルで、どちらかというと任務というのはただの付け足しで訓練に近いフライトだった。

 ただ、“そこまでは”の話で。

 白衣が思い出したように『あ、そうだ』と言うなり、その訓練は明らかな任務としての意味合いに変わった。

「別にこの隊に配属されるわけではないんですが、今回もう一人あなた達のフライトに同行させてあげたい子がいるんですねぇ」

「は?」という嘉川の視線の先、ブリーフィングルームの入り口に音も無く立っていたのは三村統冶だった。

「この・・・ゴーストも同行させろってか?」とカガワ。どうも彼、三村はあの状態でほぼ無傷の生還を果たしていたところから、異文明体の手先だの何だのと噂をあちこちで立たされているようなのだ。

 このη隊では“ゴースト”というあだ名をつけられているようだ。

「まぁ・・・脚と息があるうちは生きてますんで・・・憑かれたりしないから大丈夫ですねぇ」

 白衣がその後付け足しで言う。『まぁ、彼の面倒を見るのも任務の内だと思って仲良くしてください。

あと今回は全員“フラスコ持参”で』と。

 フラスコ持参の意味がわからず、佐上はまたおかしなことを言う人だと思っていたのだがη隊一同は何故か納得したような表情で、しぶしぶ了解したようだった。

 その様子を見て、自分ひとりだけ理解できずに取り残されたような感覚を覚えて佐上は一人怪訝そうな顔で一同を見渡していた。すると、その佐上の心中を察したのか柿辰が佐上にその意味を伝えた。

「なんだ・・・わからなかったのか?フラスコ持参ってのは今回のフライトは実験ってことなんだよ」

「実験?」佐上が聞き返すと、柿辰はわざと大きなため息を吐いて更に詳しく説明した。

「フラスコ・・・科学の実験とかで使うだろ?俺達は今回その“フラスコ”の役を任されたんだ。俺達もそうだが上の連中はあの三村って野郎が異文明体の工作員じゃねぇかと勘ぐってる。だから、わざと異文明体と接触させる可能性を高めてやつの反応を見るつもりなんだ」

 やっと理解できた佐上は、納得したような表情でまた言う。

「・・・三村っていう“薬液”を使って、異文明体と化学反応を・・・ってことですか」

 柿辰はそれ以上何も言わず、前に向き直った。

 いつの間にかブリーフィングは終わりの時間を迎えていて、白衣も『彼に新型の操縦方法を教えてくるから』と言い残し、三村とともに部屋を後にした。

 新型の操縦方法と言っていたので、操縦方法が従来のものと全く異なった機体を彼に与えるつもりだろう。その条件に当てはまる機体といえば思い当たるのは一つしかなかった。

 ホープウィンド。恐らくはその二号機を彼に与えるつもりなのだろう。

 しかし、対異文明体用の兵器を何故その可能性を示唆されている三村に与えるのかそれが佐上の心に引っ掛かった。『もしかしたら、ペンギン先生は彼を異文明体として見ていないのかもしれない』とも思ったのだが、勘が鋭く頭の回転が速い彼がそんな簡単に結論を急ぐはずも無く、しかし、それだから彼は彼なりに深い考えを持っているのだろうと佐上は考え方を改めた。







ブリーフィング後、二時間ほど経った。

 フライトの予定時刻が間近に迫っていた。三村は他の隊員より早めに機体に乗り込み待機していたようだった。最も、今しがたこのデッキに到着した佐上も他の隊員より早めの到着だったが。

 佐上が予想したとおり、三村に与えられた機体はウィンドホープだった。

「フライトまで・・・後三十分弱か・・・」

 佐上が呟く。三村は佐上に気付いているのかいないのか、HUD(ヘッドアップディスプレイ)から目を離さずに機体につないだノートパソコンをひたすらに叩いている。恐らくは期待の最終調整だろうと予想が出来る。

 何せ今日乗る機体はいつも彼が使っていた戦闘機とは異文明体戦において、いやそれ以外の極面でも他の物とは一線を画す性能を誇っているのだから、それほどの機体であるからまた精密な調整や整備が必要不可欠となる。

 今なら佐上にホープウィンドを託した時、白衣が言った『機嫌でも損ねられたら大変』の意味が理解できる。

 それに、この機体はAIを自己進化させ最も効率のよい制御法を自ら設定していく機体でもあった。そのため、今三村が乗っているホープウィンド二号機は製造されたばかりの言わば“雛”だ。まだ無知な機体に色々と教え込んでもいるのだろう。

 様子を伺っていると三村がうんと腕を上に伸ばし背伸びを一つした。

 それが合図であったかのように、η隊の隊員たちも続々とデッキに集まり始めた。

「よう・・・新入り流石に早いな」とトニーが軽く挨拶をしてきた。佐上もそれに答える。

 ここで新入りがもう一つ当然のように皆に挨拶を交わした。もともと期待してはいなかったがそれ以上に反応が薄かった。もともとそういう小隊なのだここは。

                          

                          *

 滑走路に出る。毎回のことだがこの滑走路の広さにはため息が出そうになる。

 それに、新しい正体に配属されて初のフライトであるせいか、この灰色の地平線がやけに鮮やかに、新鮮に見える。目のつく限り灰色が続き、申し訳程度の緑が日を浴びて輝いているだけなのに。

 発進の合図が出された。例の“薬液”三村はまだ滑走路に出てきていない。

 彼のホープウィンドはまだ生まれたてで要領をわきまえていない。だから出撃が遅くなるのは必然と言っていい。

「生きもんでもねぇのに・・・役にたたねぇ機械だ」

 そういう意見もここではわからなくもないが、今後の実用性を考えても今回ばかりは多めに見ても罰は当たらないというのが佐上の本当のところだ。

 η隊の高度はどんどん上昇していく。滑走路上の戦闘機が小さくなっていく。

 その中、一つ動く影。

「三村少尉より管制・・・これよりホープウィンド二号機の飛行実験を開始する」

 合図を受けた管制が三村に指示を出す。滑走路上でアプローチされて三村機も発進する。

 ノーズギアが地を離れた。

 続いてメインギアが浮いた。

 高く高く、二つ目の希望が空を仰いだ。しかし、操縦者は希望を背負うべき“人”なのだろうか?

 各々、不安と期待とが混ざった妙な感情を胸に実験に望んだ。





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