混ぜ込みストーリー:第六話『闇の中で』

・・・体全体にチクチクと針で突かれるような痛みがまとわりつく・・・
藻掻くと、ドロドロした何かに埋もれていくように体が絡む・・・
そんな、闇の中にシレイは居ました。
冷たく、光のない闇の中、右も左も上も下も、
どこがどこだか分からないような闇の中、
分かったところで何か策があるわけでも無いのに、
シレイは藻掻きました。
上を見上げれば光があるはず。
シレイはずっとずっとそう思いながら藻掻いていました。
時折、体を突き抜ける槍のような激痛もあります。
藻掻いて手を伸ばした先に焼けた鉄のような、
それこそ拷問器具か何かじゃ無いかというような謎の物体が突然現れたり、
それでも、シレイは悲鳴一つ上げず、懸命に光を求め続けました。
時間の流れなんて分かりません。
何も出来ず、少しずつ自分が弱っていくことを感じて、
それでもシレイは藻掻き続けました。
しかし・・・。
疲れが溜まりきって、自分なりに上と思われる方向に伸ばし続けた手を、
ゆっくりと下ろしました。
体力の限界と精神力の限界が来たといったところです。
すると突然、それまで執中に体中を責め立てていた痛みが消えました。
そして、体中を暖かな感触が覆います。
そう、闇がシレイを取り込もうとしているのです。
闇の中で安らぐことを覚えさせ、
闇に溶け込ませる。
何とも言い難い心地よさがシレイの体を包みます。
しかし、シレイは必至でそれを除け払おうとします。
気を許してはいけない。
一瞬の隙をつかれたらおしまい。
歯を食いしばって、首を振り、自分で頬を叩き、自我を保とうとします。
背筋をゾクリとした快感の波が襲いました。
(駄目・・・ここで挫けちゃ駄目・・・)
シレイは息を荒げつつ、再び手を伸ばしました。
伸ばした手が何かを掴みました。
暖かなそれは伸ばした手を優しくも力強く握りしめ、引き寄せようとします。
(・・・え?)
暖かな手でした。
繊細な見た目とは裏腹にとんでもないパワーを持つ手でした。
レトナの手でした。
力強く、シレイを闇の底から引き上げようとしているようです。
シレイもその手を握りしめ、放すまいとしがみつきました。
案外呆気なくシレイは手の方に引き寄せられました。
(・・・もう、大丈夫・・・だよね・・・)
シレイは安心して、そのまま身を任せました。


−−− 街の宿屋 二階 −−−
「シレイ!シレイ!・・・っく・・・」
レトナはシレイに声をかけ続けました。
届かぬ声をかけ続けました。
「生きてはいるみたいだが・・・意識が戻らないな・・・」
Yoshiokaが珍しく不安そうな顔で言いました。
「残念ですが・・・私どもではこれ以上どうすることも出来ません・・・」
街の教会の神父とシスター達は哀悼の念を表しました。
「・・・っく・・・」
レトナはギリギリと歯ぎしりをして行き所のない憤りを必至で抑えました。
「シレイ・・・あんたはそんなに弱い子じゃ無いはずだよ・・・!」
返事はありませんでした。


シレイが街の宿屋に運び込まれ、
街の教会から神父やシスターが呼ばれ、
看病を続けること早三日。
未だにシレイの意識は戻りませんでした。
レトナも今までに何度もこのような危機に陥りました。
でも、シレイは強い精神力で幾度も復帰を遂げていました。
そう、彼女の左目が紅に染まることとなったあの時も、

〜「これは・・・出血が酷い・・・血が足りないぞ」
 「じゃあ血を分ければ良いんでしょ!早く何とかしてよ!苦しんでるじゃない!」
 「そうしたいのは私とて同じ事、しかしこの子はエルフの血を強く受け継いでいるようだ
  常人の血では恐らく拒絶反応を起こすだろう・・・」
 「じゃ、じゃあ・・・そう!私!私の血を使って!」
 「な、何だって?!」
 「ほら!つべこべ言わないで!」
 「何を言っているんだ?!あんたどう見てもエルフじゃ無いだろう?!落ち着きなさい!」
 「確かに私はエルフじゃ無い。けど、私は魔族!」
 「なっ?!」
 「少なくとも人間よりは相性良いはずよ?!」
 「・・・」
 「さぁ!」
 「ま、待ちたまえ!君がそこで血を流してどうなることではない!」
 「良いからさっさとしやがれ!」
 「わ、分かった!今準備するから!・・・ど、どうなっても知らないからなっ!」〜

「・・・」
レトナは宿屋の二階、二人部屋のベッドに座ったまま黙想していました。
反対側のベッドにはシレイが眠っています。
眠っている・・・と言うのが正しいかどうかと言われれば微妙なので、
とにかく意識が無い状態です。
「・・・」
レトナは『あの時』助けてあげられなかった自分を省みました。
レトナは『あの時』助けてあげられなかった自分を憎みました。
レトナは『あの時』助けてあげられなかった自分を呪いました。
「あの時私が・・・」
レトナはただ自己嫌悪に陥るばかりでした。

コンコン

ドアがノックされる音が聞こえました。
「入る・・・よ?」
マサルの声でした。

ガチャ

「・・・」
「ああ、ご、ごめん・・・やっぱりまずかったかな」
マサルは頭をポリポリ掻きつつ困った顔で言いました。
「・・・気にしないで」
「そ、そう・・・」
「・・・」
少しの間、重苦しい沈黙が続きました。
レトナはマサルが何か言い出そうとしているのには気付いていましたが何も言いませんでした。
マサルはレトナに何か言おうとしているのですが言い出せずにいました。
「・・・」
かなりの時間が過ぎました
「あのさ」
「あの」
「・・・」
「・・・」
二人同時に言い出してしまった為に再び沈黙が訪れましたが、さほど長くはありませんでした。
「あのさ、何時までも立ってないで・・・座ったら?」
レトナが椅子を指さして言いました。
「あ、う、うん・・・ありがとう」
マサルはそう言って椅子に座り、一呼吸置いてから言いました。
「あの・・・」
「うん?」
「元気・・・出しなよ?」
「・・・」
「なんて言うか・・・上手く言えないけど・・・やっぱりほら、
 何時までも暗いままで居ても別にシレイちゃんが良くなる訳じゃ無いと思うんだ。
 どうせなら明るい、いつものレトナちゃんに戻って欲しい・・・なんて、
 何だか不謹慎って言うかなんて言うか・・・ああ何言ってるんだ俺は!」
マサルはワシャワシャと頭をかきむしりました。
「・・・ふふ・・・」
レトナは柔らかな笑みを浮かべて、
「そうだよね」
そう言いました。

「私ね、いっつも無茶ばっかりしてさ、度々シレイを危険な目に遭わせてきた」
「うん」
「でも必ず助ける努力をした」
「うん」
「出来ることは何でもした」
「うん」
「だから今度も、出来ることをしようって・・・君のおかげで思えた・・・」
「う、うん・・・」
二人は照れたように顔を背けて、マサルは頭をポリポリ掻きました。
「俺・・・さ、」
「うん?」
「シレイが君に懐いてるというか・・・好かれてる理由が分かった気がするよ」
「へぇ」
「な、何言ってるんだ俺は・・・」
マサルは顔を紅くして頭を激しく掻きむしりました。
「ふふ」
「んぅ」
「それってつまりー」
「うん?」
「私に惚れたね?」
「ぶ」
マサルは思わず吹き出し、声を出せなくなって全身で違う違うとジェスチャーしました。
「可愛いなぁもう」
レトナはからかうように、イタズラ好きの小悪魔のように、
でも可愛らしく笑いました。
マサルは汗を流しながら苦笑いでした。



暖かくて、心が安らぐ・・・
何時までもこうしていたい・・・
シレイは何時しかそう思っていました。
ウトウトと眠りそうな心持ちのままどれほど時間が経ったのか、
もうそんなことも気にしていませんでした。



「シレイ・・・っはあああぁぁぁぁ!!」
シレイは魔力を右手に込め、
「起きなさいっ!」

パァンッ!

シレイに思いっきりビンタをお見舞いしました。



「っつ?!」
突然もの凄い激痛が頬にきました。
シレイは何が起こったのか分からず、
辺りを見回そうとしました。
が、
「大丈夫、何も気にしなくて良いんだよ・・・私が守ってあげるから」
シレイの声がしたので安心しました。



「おーきーろー!」

バシバシバシバシバシバシ

レトナは往復ビンタをしました。
「え、ちょ、ちょっと?!」
見かねたマサルが止めようとしました。
「うん?」
「それはいくら何でも酷いと思うんだけど・・・」
「いやいや、大丈夫大丈夫。物理的なダメージならいくらでも治療できるんだから」
「・・・」
「それにほら、ただ単に叩いてる訳じゃ無いんだから」
「え?」
「喰らってみれば分かるんだけどねぇ」
「いや、いいよ」
「そぉ?なかなか味わえないよ?魔力の込もったビンタなんてさぁ?」



「いたたたたたたっ!」
シレイは何が起きたのか分からず、
パニックを起こして身を起こしました。
一度ならまだしも、二度三度と往復で両頬が痛みました。
「ね、ねぇ?レトナ?」
シレイはレトナに声をかけました。
「敵が来たみたいだね」
レトナの声はそう答えました。




「ほぁたたたたたたぁぁぁぁああああ!!!」
レトナのビンタ攻撃は怯むことなく続きました。
マサルは何も出来ず、
マウントポジションのままビンタを浴びせ続けるレトナを見ていました。
「それって本当に効果あるの?痛そうだけど」
「痛いからいいんだよ」
「・・・」
「だってほら、魔力込めてるからさ、精神ダメージもあるんだよ?」
「ダメージって・・・ねぇ、精神ダメージ受けたから意識が無いんじゃ無いのかい?」
「うん?ああ、君は知らないんだね」
「何を?」
「うんうん、この手の闇魔法はね、
 一度致命的な精神ダメージを与えて、ギリギリまで減らした後、
 その対象を回復させ始めるんだよ」
「ど、どうして?」
「闇が体を癒してくれると思わせるためだよ」
「え・・・」
「そう、つまり・・・『闇=快感』と思わせて、
 そのまま闇から抜け出すことを止めさせようとするんだよ。
 そしてそのまま闇の中に取り込んでしまう・・・」
「そう言うことだったのか・・・」
「そういう事だった訳よ。回復なんて意味無し〜」
「・・・あのさ、俺に一つ試させてくれないかな?」
「うん?」
「あんまり自信は無いけど・・・」


「ね、ねぇレトナ!敵が見えないよ?
 分かんないよ・・・助けてよ・・・」
シレイはだんだん弱気になってきました。
「大丈夫、大丈夫だよ・・・」
レトナの声はただひたすらそれだけ答えます。
そして、シレイはふと声をかけました。
「私も手伝うよ」
「いいよ、シレイはそのままで」
「どうして?いつもそうやって切り抜けてきたのに」
「・・・」
レトナの声は答えませんでした。



「ねぇ、マサル君〜」
「・・・」
「何かえろっちぃよ?」
「・・・」
「・・・」
「お、俺もね・・・テキスト通りというか何というか
 剣術書のことそのままやってるだけで・・・
 しかし何で『全裸』になる必要があるんだろうね・・・」
「さぁ?」
「まぁ、でも・・・精神剣技なんて使い所も微妙だし、
 こんなんじゃ使うこともないから・・・使ったこと無いし・・・
 使うのはせいぜいゴーストハンターだろうね・・・」
「まぁ、やるだけやってみようよ♪」
レトナは楽しそうにそう言いました。
「霊体や精神体に攻撃を加えるための剣技なんだけど・・・果たしてこれは・・・
 シレイちゃんの精神体にまでダメージを与えないかどうか心配なんだ・・・」
「ああ、それは心配無いと思う・・・」
「どうして?」
「精神体だけのモンスターってのはあんまり強くないんだよ?
 ゴーストなんてダメージを与える方法自体が普通じゃ当たらないんだけど、
 当ててしまえば弱いし、それにさ、シレイは今『闇』のおかげで精神全回復とほぼ同等だよ?
 付け加えて、シレイの魔法耐性とか・・・かなりのものだからね・・・」
「成る程・・・」
「まぁ、ヘタするとシレイはノーダメージになるかもしれないけど・・・」
「そんなに耐性があるのかい?」
「んーん。そうじゃなくて、快感の中に埋もれさせようとしている所で、
 私みたいなのがダメージを与えさせないように『闇』が庇おうとするんだよ」
「へぇ」
「まぁ、私はシレイを狙った訳でも何でもないけどさ、君なら狙えるかもしれないし」
「そんなこと・・・出来るかな・・・?」
「何言ってんの?精神剣技でしょ?わざわざ自分を精神体にするんだからさー?
 ってゆーか、そーゆーのってテキストに載ってない?」
「あんまり読んでない・・・」
「・・・まぁ、私がこのままやってても間に合わないし、
 本気で魔力込めてビンタしたら闇がシレイを庇わずにシレイを精神崩壊させちゃうんだからさ、
 私はそれで良いと思う」
「そう・・・だね」
マサルは頷いて、剣を持たずに構えて、精神剣技を放ちました。



「そんなの・・・レトナじゃない!」
「そんなこと無いよ。私はレトナだよ」
「違うっ!レトナはそんなに生ぬるい優しさなんて持ってない!」
「・・・チッ」
「え」
「優しくしてやれば調子に乗りおって・・・」
レトナの声は急に嗄れて殺気を放ち始めました。
「もういい、・・・死ぬがいい!」
「っ?!」
シレイはどうすることも出来ませんでした。
が、



「サイコ・ブレード!」


「きゃあっ?!」
闇色の景色が一瞬激しく光に包まれ、
「な、何だと・・・」
嗄れたレトナの声が苦しげに呻き、
「お、の・・・れ・・・」

ピキッ

闇色の世界に亀裂が生まれ、

パキッ

やがて眩い光につつまれてシレイは目を覚ましました。




「・・・」
「シレイ!」
「・・・レトナ・・・?」
「ああ、良かったぁ。やるじゃん!あんた!」
そう言って、レトナはマサルの方を振り向きました。
シレイもそれにつられるように視線を向けました。
「あ」
精神剣技を放ったマサルは全裸のまま股間を隠していました。
「き、」
「えーと、レトナサン」
「うん?」
「あああああ」
「タスケテクダサイ」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


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