混ぜ込みストーリー:第五話『ひとつの物語が終わりに向かうとき』

「シレイ!シレイ!」
呪文詠唱中だった為にろくにかわすことも魔法の防御壁を張ることも出来ず、
シレイは無数の闇色の弾丸を全て受け、鳥の羽を落としたようにふわりと倒れました。
レトナはすぐに駆け寄って声を掛けますが返事はありません。
外傷こそ全くありませんが、あの手の魔法は相手の精神、
もしくは神経などを直接攻撃するため体の内側から破壊されるというタイプです。
そう、外傷ならすぐにも治療可能ですがこの手の魔法は治療が困難であり、
しかも、もともと魔法に耐性のあるシレイを昏睡状態にするほどですから、
その威力は想像に難くありません。
超上級魔法とも、禁断魔法とも分類される系統に値する魔法でもあり、
扱うこと自体難しいとされている闇魔法。
ユグヌトゥスは呪文の詠唱すら無くそれを放ったということは、
とてつもない魔力を秘めていることになります。
「だ、大丈夫かいっ?!」
周りの雑魚を掃討したマサルとYoshiokaも駆け寄ってきました。
レトナは無言でマサルとYoshiokaを見て、何かを決意したかのように一言だけ言いました。
「・・・シレイを・・・頼むね・・・」
その声から、今まで飄々としていたレトナの雰囲気は微塵も感じられませんでした。

次の瞬間にはユグヌトゥスの巨腕が振りかざされていましたが、
レトナは特に構える訳でもなく、ユグヌトゥスを睨んだ後、その言葉を言いました。
「エ・ウェアロン・パトヮーゼ、この哀れなる者を葬るために・・・」

ヴゥン!

ユグヌトゥスの腕が振り下ろされました。
「・・・」
しかし途中で不自然にその動きは止まりました。
レトナは貫かんばかりの視線で自分のほぼ真上にあるユグヌトゥスの巨腕を睨んでいるだけです。
その瞳は、何かに目覚めてしまったかのように、黒く、黒く、漆黒では足りない闇色をしていました。
睨んだまま、レトナは持っていた剣を投げ捨てました。
カランカランと頼りない音を立てて剣はそのまま地に落ち着きました。
そして、レトナは言いました。
「約束なんだよ・・・、誰との約束とか、そういうのじゃ無い気がするけど、
 自分で決めたこと・・・、この力は使いたくない・・・でも、大切な人が危険にさらされた時、
 私はそう決めた。個人的な事じゃこれは使わない・・・」
抑揚無く、棒読みなその言葉の意味はその場の誰にも分かりませんでした。
ただ、次の瞬間にはその”意味”が現れる事になりました。
「・・・っく!」
レトナは犬歯で手の甲を傷つけ、自ら血を流しました。
「さあ・・・出てきて・・・」
レトナの手から流れる血は見えない魔力の流れを伝って、そこに空間の歪みを生み出しました。
その歪みに迷うことなく手を差し込み、一振りの剣を抜き出しました。
闇色の大剣でした。光を吸収してしまうかのような、闇色の大剣でした。
闇色に彩りを添えるかのような血痕もありました。血払いをしなかった訳ではありません。
『魔剣・エデン ハザード』は血を吸い、血を吐くという、一見すると呪われているようで、
実は哀しい剣なのです。
剣は悲しみを表すかのように唸りました。音としてではなく、負のオーラを放つように唸りました。
「魔剣、エデン ハザード・・・今は悲しみに耽る時ではない・・・」
まるで別人のような、声変わりでもしたかのような低い、低いレトナの囁きが聞こえました。

プシャッ!ビシャッ!

「くっ!」
エデン ハザードは刃先から血を噴き、それと同時にレトナは苦痛に耐えることとなりました。
「いい子にしててちょうだいね・・・!」
魔剣にそう言い聞かせるとレトナは再度ユグヌトゥスを睨みました。
ユグヌトゥスも睨み返してきましたが、レトナの気迫に気圧されて思わず視線を外しました。
「ルーエン・アウン・ソーファイナム・・・」
レトナは何か呪文を唱え始めました。
「!」
それに気が付いたユグヌトゥスは即座に両腕をレトナに振り下ろしました。

ゴバァンッ!ビシャッ!

振り下ろされた腕は見事にレトナを捕らえ、無様な肉片に変えました。
「なっ?!」「ああ?!」
マサルとYoshiokaは信じられないというような表情でレトナが居たはずの場所を見ました。
そこには剣だけが動かずに佇んでいました。
誰が持っている訳でもなく。そこに浮かんでいました。
「お、おいおい・・・どーゆーこった・・・?」
Yoshiokaは堪らず声に出しました。
「・・・そんなこと俺に分かる訳無いだろ?」
マサルは既に呼吸が途絶えようとしているシレイを抱きかかえたまま応答しました。
シレイの肌の色は青白くなっていて、到底助かるような気配が感じられませんでした。
「イードゥン・カルン・マーフィアム・・・」
どこからか呪文の続きが聞こえてきました。勿論レトナの声です。
「・・・げ・・・」
Yoshiokaはその声の発生源を見つけました。
レトナの口でした。普通に考えれば何の変哲もない事ですが、
その口は顔という一つの集合体から離れて独立した状態で呪文を詠唱していました。
「・・・こりゃ・・・たまらん・・・」
Yoshiokaはこみ上げてくる嘔吐を堪え、マサルは硬直していました。
「マーウォン・トゥリス・・・・」
それでも呪文の詠唱は続き、ユグヌトゥスは右手で握った拳をレトナの口に叩きつけました。

ゴバァンッ!!
ビチャッビチャッビチャッ

「・・・げげ・・・うぐ・・・う・・・」
Yoshiokaはソレを見てしまったがため、涙目で嘔吐を堪えました。
たたきつぶされた筈のレトナの口はビチャビチャと音を立てながら飛び跳ね、
不自然に逃げ回っていました。
マサルは既に意識がありませんでした。
「ぐっ!おのれぇぇぇぇぇ!!」
ユグヌトゥスは精神を集中し、再度闇魔法を放ちました。
「ルークナム・ルークナム・ルー・・・」
「くたばれっ!」

ヴィゥン!
ズォォォォォォォォォ!!!!!!

「何っ?!」
放たれた闇の杭はレトナの口に的中したかに見えました。
が、しかし、それらは全てその口の中に収まってしまいました。
「・・・」
Yoshiokaはもう逃げ出したい気持ち9割で口を押さえていました。
「バラドー・エンクレィティストレヴィアフォネーツ!・・・・」
呪文の詠唱が終わりました。
しかし、特に何も起こった気がしませんでした。
が、
「・・・ん?・・・げ・・・」
Yoshiokaが気付いた時には、ユグヌトゥスは既にミイラのように干涸らびていました。
「剣が・・・血ぃ吸ってら・・・」
いつの間にかユグヌトゥスの腹と思われる場所に突き立てられた魔剣は歓喜と思われる唸りを上げつつ、
たっぷりと魔力を蓄えたその血を吸い取っていました。
「・・・・」
ユグヌトゥスは呻くことも出来ず、そのまま白く白く、全てを失い、
やがて、灰のように散ってゆきました・・・。


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