混ぜ込みすとーりー:第三話

「駆雷斬!」
ズヴァーン! ・・・ドサッ
「おー、これが魔法剣って奴?流石魔剣士♪」
森を散策しながら4人は意外と気楽に楽しんでいました。
「いや、これは・・・普通の剣技だけど・・・」
言われたマサルは困った顔で言いました。今時属性付きの剣技くらい珍しいものじゃありません。
「ちぇっ、つまんないの」
レトナは唇を尖らせて先を急ぎました。
「所で、こんな森の中適当に探し回って居ると思うか?」
Yoshiokaが切り出しました。レトナはそう言われてみればと納得し、シレイのか細い肩に手を掛けて言いました。
「シレイ、宜しく」
言われたシレイは少し戸惑った後、ゆっくりと頷き、術師にしては珍しく杖も持たず、呪文も詠唱せず、自分の精神力だ
けで魔法を使用します。
「・・・ ・・・ ・・・」
シレイの周りの空間がゆっくりと歪んでいきます。
「・・・ ・・・ ・・・」
シレイは目を閉じて祈りを捧げるような姿勢で精神を集中させました。
次の瞬間には天地が一瞬入れ替わり、それに驚いたマサルとYoshiokaがリアクションを取る頃には元に戻ってい
ました。空間の歪みもありません。
「な、何だ・・・?今の」
Yoshiokaが冷や汗を流しながら言いました。マサルは軽く腰を抜かして無言のまま首を縦に振りました。
「え、えっと・・・魔法による隠蔽を中和したんです・・・まさかこんなに複雑だったとは思わなくて・・・す、すいま
 せんっ!」
シレイが涙目で言います。まるで子供が泣いているようなその容姿に「何か」を感じたマサルとYoshiokaは何も
言えずにただ苦笑いをし、遠慮気味に大丈夫だよと言いました。その膝は震えたままです。
「ふむ。これだけ複雑な空間隠蔽もナカナカ芸術的ね♪」
レトナは楽しそうに言いました。
「空間の上下左右軸のズレ、過去現在のズレ、空間性質の異化・・・三つも重なればそりゃ何も見えないわよねぇ・・・」
レトナが分析しつつ言いました。シレイを中心に半径6m程の半円状の対魔力隠蔽が施されました。とても複雑な魔力隠蔽
なので並大抵の人ではこれを中和することは出来ません。
「お目当ての堕天使ちゃんは近そうね・・・みんな、準備しておいてね、それからもう少しキモを据えなさい」
レトナは冗談めかして言いました。笑みがまるでいたずらっ子でした。
「これが・・・全部魔法隠蔽か・・・相当強い相手だろうね・・・」
マサルが真剣な顔つきで言いました。
「んや、そうとも限らないんだなーコレが。隠蔽魔術と支援魔術ばっかり習得して後方支援とかを専門にしている場合は
 実際的には弱いからねぇ・・・まぁ、それは『単体』であればの話だけど・・・」
「つまり、これだけ専門的な技術を持って隠蔽しているということは・・・」
レトナは無言で頷きました。
「そう、一体じゃ無いかもしれないということ、戦闘中もシレイは中和魔法に精神集中が少なからず必要だから・・・
 もし相手が魔術を使うペアだった場合は・・・手こずるかもね・・・」
それを聞いたYoshiokaはまいったなぁと頭を掻き、溜息をつきます。
「堕天族が二体も居ればアイテムも・・・」
レトナがポツリと呟くと、
「は、早く行こうゼ!」
Yoshiokaは元気になりました。
それから程なくして崖にぽっかり空いた穴を見つけ、これまたシレイの照明魔法で照らしながらゆっくりと入っていき
ました。

「インニュエート」
シレイが呪文を唱えます。索敵の呪文です。
「・・・駄目・・・分からない・・・」
「やっぱ無理か・・・」
レトナはあまり期待はしていなかったのでさほど気にしませんでした。インニュエートの魔法は妨害されやすいのです。
「あと・・・」
シレイが言葉を続けました。
「今ので・・・私たちが入ってきたのがばれちゃったかも・・・ご、ごめんなさい・・・」
シレイはまたまた泣き出しそうな面付きでシュンと悄げました。
「いいのいいの、それくらい気にしないでいいってば」
レトナは何時も通り優しく、明るく、そして力強くシレイを励ましました。
「う、うん・・・」
シレイがここまで精神的に強くなったのもレトナがこうして元気づけてきた結果です。
シレイがレトナが初めて会った頃は何をするにも自信が無く、有り余る魔力を持て余しては制御不能になり、暴走してい
ました。そんなシレイにレトナが言ったことは、

−「あんた、バカでしょ?いや、バカとしか言いようが無いわ!そのうち暴走に巻き込まれて人が死ぬんじゃない?」−

それを聞いたシレイは生まれてこの方抱いたことが無い程の怒りを露わにし、今まで溜めに溜めた魔力を解き放ちました。

−「あなたなんかに私の気持ちなんて分からない!!!グラスティ・バーンシツェイド!!!」−

それは想像を絶する爆炎の宴でした。木々を焼き払い、街を半壊させ、山が半分吹き飛び、レトナに致命的なダメージを
与えました。そして、我に返ったシレイはどうすることもできず、ただ泣き潰れるはずでしたが、

−「何してんの!あんた腐っても神術師じゃ無いの?!巫山戯るのもいい加減にしなさい!」−

レトナの一言がシレイを変えました。大魔法を放って勢いに乗ったシレイは高位の神術で恵みの雨を降らせ、木々の火を
消し止め、傷を負った全ての者達を癒しました。

−「やれば出来るじゃな・・・い・・・」−

レトナは過大なダメージに耐えきれず、気を失ってしまいましたが、倒れる寸前に見せた笑顔をシレイは忘れません。


「・・・」
(そういえばあの時・・・レトナは街の人たちを予め避難させていたし、森の動物たちも避難させていた・・・
 昔の私だったらそんなレトナに憧れるだけで・・・自分には無理だって・・・思っていたかもしれない・・・
 でも、今の私は違う・・・レトナみたいになりたい・・・ただ強いだけじゃない・・・レトナみたいに・・・)
シレイは何も言わず、自分に渇を入れました。それを見たレトナは何も言わずにフフっと笑いました。
「それにしても・・・狭い通路は戦闘しづらいな・・・もし出たらの話だが・・・」
Yoshiokaが真面目なことを言いました。確かにそうです。横幅は人が二人ギリギリ入れる程度で、天井もさほど
高くありません。普通に考えるとそれは相手も同じですが、それではわざわざ細い通路がある意味がありません。
「暗いしね・・・地の利は相手にあり・・・か・・・まぁ、籠城戦というか何というか・・・待ち受ける以上は自分が
 有利じゃないと意味無いしね・・・」
ズルッ
「キャッ!」
レトナが何かに滑ってバランスを崩し、倒れました。
「アイタタタ・・・何・・・コレ・・・」
レトナは床を見ました。薄暗く、視認不能でした。そんな時、
「血の臭いだ・・・さっきからしていたがどうやら俺の勘違いじゃ無さそうだ・・・」
Yoshiokaが淡々と言いました。その顔は真剣そのものでした。言われてからレトナは再び床を見ました。
シレイは恐る恐る照明魔法を床の方に向けます。
見間違えようも無く、それは血でした。
赤黒く酸化して変色し、水分が蒸発して粘着質になってしまっている血でした。
「・・・」
レトナは床にある血痕を眼で追いました。
途中途中で水たまりのように血の池が出来上がっていて、その場所の周辺には壁にも、天井にも飛び散った血液が付着
していました。もう間違えようもない生臭い血の臭いが蔓延していました。
「・・・」
四人は無言のままゆっくりと前に進みます。
床にある血痕は、引きずり回された後と思われるズルズルととぎれとぎれの線を描いていました。
「ヒッ!」
シレイが何かを見つけて息を呑みました。
「ん?・・・!」
そこには、引きずられている途中で流失してしまったと思われる生き物の内臓が何の変哲もなくベチョリと落ちていま
した。小腸か何かの切れ端のようです。ブヨブヨとした白っぽく細長い肉塊です。
「・・・幸い人間の物じゃ無さそうね・・・それにしても荒っぽいですこと・・・」
レトナが言いました。
「ん?これは・・・」
マサルが何かを拾い上げました。本来純白であるはずのソレは堕天によって黒く染まり、それが更に赤黒くそまってい
ました。
「羽・・・ね」
レトナの中で何か嫌な予感がゾクリとよぎりました。

それから少し歩くと広いフロアに出ました。レトナは警戒しながら辺りの様子を窺い、ゆっくりと歩み出しました。
そして、フロアに出てシレイが照明魔法を奥に向けた瞬間ソレがイヤと言うほど視界に飛び込んできました。
「っ!」
惨殺死体と言うのでしょうか? それにしては何だか趣旨が違っているように見えました。
羽をもがれ、首が有り得ない方向に捻れ、目玉が無く、下半身は一人で歩き出してしまったのか姿が見あたらず、
上半身は右腕全部と左手の手首から先が獣に食いちぎられたようになっていました。
言うまでもありませんが堕天族の死体でした。
「こりゃ・・・酷いな・・・」
マサルが眉間にしわを寄せながら言いました。シレイはガタガタと震えながらソレを見ようとせず、照明魔法を使って
いる左手だけを前に出し、レトナの後ろに隠れていました。
Yoshiokaは前後左右そして上下まで全方向を警戒しつつ横目でソレを見ていました。
「共食いかしら? 街の畑を荒らしておいてまだ足りないって・・・一体どんな胃袋してるんだか・・・」
レトナはさほど動揺せず冷静に辺りを見回します。広いフロアで、だいたい人が100人はいるくらいです。
「この先進んで何があると思う?」
レトナは誰に問うでもなく言いました。返事は帰ってきませんでした。レトナは不満気に鼻息を荒げて一人つかつかと
先に進み出しました。そして言いました。
「さ、ここまで来たんだから行くわよ!」
「そ、そうだな」
Yoshiokaが言いました。

広いフロアの先にはまた通路があり、しかし先程の通路よりも一回りほど広い作りになっていました。
「なーんか胸くそ悪い感じ〜、うぅー今晩のご飯が美味しく食べれるかなぁ・・・」
レトナは相変わらずの粗野な口調で何だか場の雰囲気に合わないことを飄々と話し続けていました。
そんな時、
「しっ!静かにっ!・・・何か聞こえないか?」
マサルが三人を制して言いました。その額には脂汗が滲んでいました。
「・・・ ・・・ ・・・」
暫く、沈黙が続き、レトナが首を横に振ろうとした時
「  ァアアアア   ァ    ァアアア    ァ    !!」
洞窟の壁に反響して悲鳴とも歓喜の雄叫びとも分からないような声が響きました。
「・・・お食事中じゃ無いことを祈るぜ・・・」
Yoshiokaがしゃれを効かせてそう言い、4人が顔を見合わせて小さく頷いた後、走り出しました。
「そう遠くは無いはず・・・」
マサルがそう言いました。


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