KALEIDOCOPE NOVEL

NOLVIS'S STORY

 

 

気付けばそこに居た。
深く、底知れない揺り籠の中、それと同一である自分は存在した。
五体五感などはとうに失われ、揺り籠という存在として意思を保っている。
揺り籠は自身であり自身は揺り籠、なのに揺り籠は言う事を聞かずただ繋がっているだけ。
混沌。
幾度か訪れた者達から自分達に対して放たれた言葉。
彼ら曰く「世界中の闇の集結体」、同一のモノでありながら同一ではなく絶えず入り混じるモノ。
故に混沌、一が全であり全が一であるもの。
その存在は無に等しくも限りなく絶える事は無い。
身体を構成する混沌―――闇は常に止む事無く世界から供給され存在を保ち、強大なものとしている。

「相変わらず楽しそうですね、ここは」

声が聞こえた。
ここにある筈の無い事に驚き、自分達は一斉にそれを見つめる。
現れたそれは白い雪のようなドレスを揺らし、一時も崩さない笑顔で軽く頭を下げた。
白雪の姫は足場の闇を蹴り、闇の中を舞ってみせる。

―――久しぶり―――
―――久しぶり―――久しぶり―――
―――よく来たね―――時間通りだ―――珍しいね―――目障りだ失せろ―――

言葉を交す。
万にも億にも達する無数の言葉が一斉に放たれる。
通常の人間なら聴覚の処理が間に合わず雑音にしか聞こえない。
だがその音を理解したのか彼女は「こんにちは」と絶えない笑顔で返し舞を続ける。
―――闇が歪み、そこから闇が現れた。
それは自分達と同じ同一のものではなく、全く別の存在だった。
闇は己の居場所を確保するかのように周囲の闇を喰らい、淡い闇となって彼女の前に現れる。

「久しぶりだな、時の姫」
「はい、本当に御久しぶりです」

闇が震えた。
どう言うかは忘れたが、目の前に現れた二人が近寄ってはならない存在だという事は分かった。
淡い闇はゆっくりと蠢き、その姿を形成して行く。
時の姫は楽しむように完成を待ち、好奇心旺盛な子供のようにそれを見つめる。

「この姿になるのも久しぶりだな、それ以前にここへの客人さえ珍しいか」
「ここへ来れる者は限られていますからね。昔ならともかく、今では常人がここへの門を開く事すらできないでしょう」

空虚の姫は笑いながら答える。
その先には長い黒髪の女の姿が在り、濃い深淵の闇を纏っている。
「闇の姫」と、見たままの言葉が漏れた。
闇の姫は時の姫の肌に触れ、求めるように顎を撫でる。

「お前が来たという事はアレを放ちに来たのだろう?我が分身であるアレを」
「私の願いは1つ、世界に絶えず混乱と争いがあるようにですよ」
「ならば受け取れ、我が半身、全てを喰らう者を」

唇が塞がる。
時の姫をそれを拒む訳でもなくそれ受け入れ望みを叶える。
そして力を吸い取られたか、脱力し完全に体を黒の姫に預ける。
―――砂音が走った。
視界が霞み、虫食いが有ったように闇が食われ世界が消えていく。
―――無くなったものが蘇る。
過去に失った己の体が在るかの様な錯覚に襲われ、今までに無い激痛が体を走り回る。
―――体内に何かが入り込み暴れ回る。
己を中心にブラックホールとなり揺り籠である闇を喰う。
―――頭が痛い―――視界が割れる―――
―――手足が千切れ―――五官が失われ―――体内の血が逆流する―――
―――今まで繋がっていた闇が血となり肉となり五体を形取る―――
―――止めろ!止めろ!止めろ!止めろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!―――
―――止めてくれ!!!―――

「巣立て、我が分身。汝の望むままに全てを飲込み、深淵へと向かうがいい」

時の姫を両腕で抱え闇の姫は笑う。
その言葉を最後に意識が飛び、自分達は無へと帰った。

 

 


「――――――・・・・・・」

綺麗な空だった。
澱みの無い黒色に散らばる白銀の砂。
それが生まれて初めて見た光景ならその感動は計り知れないだろう。

「・・・・・・」

視線を下げる。
そこには蒼い草むらに出来た小さな水溜りがあり1人の人間を映していた。
身長は180cmくらい。
髪は空のように黒く、肌は足元にある土のような褐色、眼は髪色と似ているがどちらかと言うと今見ている水の色に近い。

「此処は・・・?」

素直な問が出た。
何故かそれ以外に思いつく事が無かった。

「おい、お前!そこで何をしている!」

誰かが来た。
中年中太でイラついているのか気がピリピリしている。
手には小さな黒いもの―――拳銃が握られ、こちらに向けている。

「此処はどこですか?」
「ここはロンドンだよ。それよりオマエはこんなところで何をしてたんだ!」

男が吼える。
どうやら自分はそんなに怪しい人に見えるようだ。
体が動く。
自分の意志ではなく自然反射に等しい感覚で体が動く。
一歩、また一歩と足を前に男へと向かう。

「動くな!動いたらっ―――」

声が途切れた。
男は言葉の続きを吐く事無く地面に倒れる。
死体を確認するとそこには衣服しか残されておらず血の跡すら無い。

「その様子だと体は正常のようですね」
「・・・・・・」

聞かれた問いに無言で答える。
その背後に白雪の服を来たガラス細工の様な女がいるのが何故だか分かった。
彼女に危害を加える訳でもなく、男はただ空を見上げる。
星が舞う。
広大な闇夜の中で他の星々と交わる事なく孤独に己の存在を知らせている星。
同じ場所にいるのに孤独、誰もが交わる事無くただ個として存在している大空。
何故だろう、何故かそれが―――
               ―――自分に似ていると感じた―――

「大変だったんですよ、貴方達のために魔力の大半を持って行かれたんですから」
「俺の知った事ではない」

言葉が出た。
先程までの浮いた言葉とは違いはっきりと威厳のある言葉だ。
―――ドクン。
何かが注がれた。
―――ドクン。
空虚な体内を満たすかのように流れる。
―――ドクン―――流れてくる。
―――ドクン―――体中を満たす。
―――ドクン―――それと同時に何かが刻まれる。
何とは表せない、森羅万象が流れ込み頭に刻まれていく。

「覚醒終了。後は慣らしだけか」
「流石は混沌の分身、見事なものです」
「ふん、邪神が何を。大方、己が欲の為に俺を起こしたんだろうに」

拳を握る。
人間型を催している体には問題はなく、四肢も十分に動く。
体を構築している混沌も落ち着く所に落ち着き、暴れだす様子もない。

「そこまで分かっているのなら説明は不要ですね」
「ああ、俺は貴様に従わないっ」

闇が駆けた。
夜空よりも黒いそれは華麗な弧を描き女に襲い掛かる。
―――何かが裂ける音がした。
風とは違う、固い物が割れる音は彼女の真横を駆け抜け、闇夜へと消えて行く。
別に彼女が躱した訳ではない。
ただ単に闇が初めから真横を通るように定められていたのだ。

「失せろ。次は当てる」
「フフフ・・・本当に貴方は彼女の分身ですね。なら今日の所は大人しく退くとしましょう―――Nolvis―――」

睨む混沌の分身を他所に時の姫は笑う。
そして「タンッ」と、軽く地面を蹴る音と共に月夜へと姿を消して行った。
夜に静寂の時間が流れる。
残された男は夜空を見つめ、空に浮かぶ月の様にその場いる。
訳も理由もなく、それが理の様にただそこに存在する。

「ノルヴィスか・・・厄介な名を・・・」

星が光る。
幾星霜、この宇宙と言う世界が出来てから輝き続けたそれは今も輝く。
そんな星々を見上げながら混沌の分身は闇へと融けて行った。


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