月を、見上げている。
ただ独り。誰も来ないこの場所で。

独り。ただ、月を見上げている。
今日の月は満月で。
とっても綺麗な円を描いていた。

独り。何時まで経っても独り。
ただ、月を見上げて。
まるでこの世界には月しか存在しないように。

それは、正しい。
彼の世界には、今。月以外のモノは存在しない。

月は。
そんな彼の思いを受け止めて、彼をただ照らし続ける。

―――――銀色の月光の下。
彼は、ただ、月を見上げていた―――――





月夜





遠い遠い約束。
遠い遠い因縁。
すべてに決着を付けなくてはならない。
血筋。
その呪いから逃れるために。
血筋という呪いは過去という因縁であるが故に今という俺にま
で受け継がれてきた。
その因縁との約束は、果たさなくてはいけない。

―――――決着を、何時か付けよう。
         そう遠くない。我らが消えるその時に――
―――

俺は現実として今、とても眠たい。
眠たいというモノではない。闇に自分の体が堕ちていくのが分
かる。
堕ちていくのならば。最後に、少しは抵抗しなくてはならない


「―――――出て来い。」
そう、呟いた。
「―――――久しいな。」
そして、奴は出てきた。

しばらく俺達は見つめ合い。
しばらく俺達は睨み合い。
そしてどちらが口を先に開いたのかは分からないが。同時に口
を開いたのかも分からないが。

「貴様を殺して―――――俺は解放される」

そう言って、短剣を取り出して。
敵に、襲いかかった。
自分自身と同じ顔であり、同じ体であり、同じ自分自身である
俺自身に。


何故―――――俺はこんな事になってしまったのだろう。
何故?そんなモノは簡単な事だ。
俺が、光賀時信として生まれてしまったから。
光賀という過去と因縁の元に生まれてしまったから。
光賀という一族はとても変な性質を持っている。
双子、とは違うが。
生まれた時、体を双つ持っている。
別々に別れている体だ。
ただ―――――その双つは、何かで繋がっている。
双つで一つ。一つで双つ。
魂というモノが存在するのなら。
双つにそれが別れてしまっているようなモノだろう。
魂は一つの体だけにしか存在出来ないのに、双つの体に存在し
て耐える事が出来るはずがない。
故に、その状態を続ければ体よりも内部が崩壊してしまう。
ならば。
一つを破壊して双つだったモノを一つに戻せば良いだけの話。
光賀という一族はその異常な体質をうまく利用した。
双つの内一つは、光賀という一族の中で成長させ。
双つの内一つは、光賀という一族の外で成長させ。
結果。より優れたモノが、双つの崩壊の寸前に、一つの自分と
なり。
その為に、落ちぶれたモノを、崩壊させる。
一人に二つの選択肢。
そして、その選択肢の内良い方をその存在として残す事が出来
る。
なんと優れた人間で。
―――――なんて、惨めな存在なんだろうか。
自分が生き残るために人を一人殺さなくてはならない。
自分自身という人間を。
死ぬか殺すかの選択肢しかないなんて。
こんなモノは、人間だと呼べるのだろうか―――――


刃物と刃物がぶつかり合っている軽快な音。
キィン、と。刃物を刃物で防ぐために奏でられる。
「―――――さすがはコピー。それなりの実力は持っているよ
うだな。」
「巫山戯るな、コピーは貴様だろう―――――!」
何とか奴の攻撃を受け止める。
何となくだが、奴の攻撃しようとする場所がどこだか分かる。
繋がっているという証拠なのだろう。
だが、ただそれだけ。俺は防ぐ事しかできない。
攻撃に転じようにも、転じた瞬間の隙に殺される。
なら、攻撃を防いでいるしか無いじゃないか。
「そろそろ終わりだ」
奴が俺から一歩距離を取る。
瞬間、奴が屈んで、俺の前から姿を消した。
ザッ、という音が次の瞬間響いた。
その音が鳴った右を見る。
そこには何もいない。
代わりに、後ろでザッ、という音がした。
「死留めた」
そんな声が聞こえて、胸に、ドスッと言う音と感触が響いた。
そして、地面に突っ伏して倒れた。
「例え貴様が俺と同じ体を持っていようと―――――光賀に残
った俺と平凡に暮らして来た貴様とでは歴が違う。俺に叶うは
ずが無かろう。」
そんな事は分かっている。
でも、殺し合うしかなかっただろう。
もし俺が死ななかったら―――――お前も俺も死んでしまうの
だから。
「・・・何?」
眉をつり上げて、奴はそう呟いた。
どうやら、繋がっている分俺の思考も分かるようだ。
「俺が残る為に―――――貴様は死んだというのか?」
違う。
それは、違う。
でも、俺が残る事なんて無いと分かっていた。
でも、みすみす何もせずに死んでしまう事が嫌な訳ではない。
殺し合ってまで死ぬよりは、そのまま死んだ方が良いから。
「ならば―――――何故、殺し合ったのだ。」
だって、どっちかが死ななかったら俺という存在が残らないだ
ろう?
俺という存在が消えてしまうぐらいだったら、存在だけでも残
っている方がマシだ。
お前は俺なんだ。お前が生きていれば―――――俺は生きてい
る。
「何故そう断言出来る。体験した訳でもないのに―――――!

だんだんと奴が苛立ってきているのが分かる。
その気持ちも分からんでもない。
とりあえず、こう答えてやった。
「それを、信じるしかないだろう。俺が、俺達が残るには――
―――」
そう俺が言った時。
奴は、声を上げて笑い出した。
「不愉快だ。こんな不愉快な殺し合いは初めてだ―――――」
奴はそう言って、俺の背中から短剣を抜いた。
激痛が走る。けど、そんなのは麻痺していて刺された時よりは
感じない。
血がドクドクと溢れ出すのが分かる。もう少しで、俺は消える
だろう。
「そして―――――この俺も消える。」
奴は、そう言った。
俺は、最後の力を振り絞って、仰向けになった。
「殺し合いを始めるのが遅すぎたようだ―――――貴様も俺も
、怪我など関係無く内部の消滅が近いようだ。」
奴はそう言って、笑った。
声を上げずに、柔らかく笑った。
「死ぬか殺すか―――――もう一つ、共倒れという方法もあっ
たんじゃないのか?」
―――――ああ、その通りだ。
おそらくこの方法が、一番良いのでは無かろうか―――――
そして俺は月を見上げた。
わざわざ最後の力を振り絞って仰向けになってまで見ようとし
た月だ。これで見えなかったなんて言ったらとんだ笑い話だ。
月はとても綺麗で。先程と変わらず、銀色の月光を放っていた

ただ、その照らしている先は、俺だけではなく、奴自身でもあ
るような気がした。
俺の体が、また闇の中に沈んでいくような感覚がする。
「そろそろか。そろそろ―――――我らも終わる。」
月を見上げながら、そう、奴は言った。
そして、仰向けになってまで見たかったもう一つのモノ。
奴の顔―――――俺の顔を見た。
それに察して、奴は俺を見た。
それを見て、奴は鼻で笑った。
「俺よりもお前は穏やかな顔をしている。―――――育ち方が
違えば、ここまで変わるモノなんだな。」
ふと、思った。
俺は今奴を殺しても助からないだろうし、それは無理だが、奴
は今俺を殺せば助かるんじゃないか。
何故俺を、殺さないんだろうか、と。
「貴様の命などを俺の命と混ぜ合わせても俺の命が腐るだけだ
。役にたたんさ。」
そして奴は、鼓動というモノを止めた。
いや、止まったんだろう。
もう、ほとんど止まっている俺自身はよく分からないが。
「さらばだ。―――――俺自身よ。」
その言葉を聞いた時、俺は急激に眠くなった。
そして、俺の意識は闇にとけ込んでいく。
だが、その前に、一度だけ。
最後に、一度だけ。
銀色の、綺麗な月を見た―――――









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