1st   「ザ・フールとザ・ワールド」










「どこだ・・・ここ?」


黒い髪の少年が呟く。


目の前が光ったと思ったら、暗闇の中を凄いスピードで落ち始めて・・・・・。

気が付いたら、ここに立ってたんだよな・・・・。


あたりは一面、広い原っぱ。

草の中から、大きな石柱のようなものがたくさん突き出している。


「あー!いたいた!」


後ろから元気そうな声がしてきた。


ピンク色の髪、ボロボロのキャスケットを被り、特徴的なマークのある服を着ている。

元気の良い女の子が、こちらに向かって走ってきた。


「ザ・ワールドさまにね、ここで貴方を待ってろって言われたんだ」

「あの〜・・・・・」


「あ、ゴメンゴメン。わたしは『愚者(ザ・フール)』のルア。キミの名前は?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・祐樹。織原祐樹」


「ふ〜ん、変わった名前だね」

「あ、あのさ、ここってどこなの?」


祐樹が聞くと、女の子・・・ルアは首をかしげる。

「え?知らないの?」

「し、知るわけないだろ!?僕は死にもの狂いで勉強して、やっと第一志望の高校に受かったんだ!今日入学金払うつもりだったのにチクショ〜・・・・!」


「・・・・・・よくわからないけど、まあいいや。わたしの後について来て。ザ・ワールドさまがお待ちかねだよ」


・・・・・ザ・ワールドだかなんだか知らんけど、とにかく今はこの子の言うとおりにした方が良さそうだ。








・・・・・・・・・・・二時間後・・・・・・・・・・・・・・・・・。








「ぜはー・・・ぜはー・・・・。ね、ねぇ、少し休憩しない?」

「根性ないね祐樹君はー。こんな距離も歩けないの?」

「こんな距離って・・・・もう5キロは歩いてるじゃん・・・・・。それにさ・・・そのザ・ワールドって人、何でこんな森の奥に住んでるの?」

祐樹とルアは、ある森を歩いていた。

ルアの話によると、『世界』ザ・ワールドは森の奥深くに住んでいるらしい。


「ザ・ワールドさまは静かなのがお好きなの!」

「だ、だからってこんな陰気な森に住まんでも・・・・」

「そんな事言わない方がいいよ?『聞かれている』かもしれないんだから・・・」

「『聞かれている』?盗聴でもされてんの?」

「そうじゃなくって・・・・この森はね、ザ・ワールドさまの体の一部なの。だからこの森に入った人の行動はいつでも見ることができるんだ」

「へー・・・・・」


「あ、着いたよ!ザ・ワールドさまのおうち!」

「や、やっと着いた・・・ってうおっ!!」


祐樹が驚くのも無理はない。

目の前には、ビルのように巨大な神殿が建っていたのだ。

ルアは、家一軒ほどもある入り口を見上げて言う。


「さ、中に入って。ザ・ワールドさまが待ってるから」

「へいへい・・・・・・」


ルアに促されて、祐樹は神殿へと入って行った。







神殿の中は薄暗く、壁や柱に木のツルのようなものが巻きついている。

そして、二人はドーム状の部屋へと入った。


ここは、柱や壁に巻きついていたツルが壁面をびっしりと覆っている。


部屋の奥を見ると、一人の女性が玉座に座っている。


白いローブに、長い黒髪。

女性の体からは、何本ものツルが伸び、壁を覆い隠している。


やがて、女性が口を開いた。



『・・・・・・・・よく来ましたね祐樹・・・。私が世界、『ザ・ワールド』です』

頭の中に直接響いてくるような、澄んだ声だった。


『・・・・・貴方を私の世界に呼んだ訳は・・・貴方に、この世界を救ってもらいたいからです』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はへ?」

『はへ?ではなくて、貴方にこの世界を救ってもらいたい、と言ったのです』


困惑した表情の祐樹を無視して、さらにザ・ワールドは続ける。

『・・・・数年前、この世界に「魔王」と名乗る者が現れ、この世界を魔物が徘徊する世界に変えてしまったのです。
魔王達の軍は強大な戦闘力を持ち、我々では歯が立ちません・・・』

『そこで、決心しました。私は伝説の「タロットの護り手」を召還する、という事を』

「た・・・『タロットの護り手』?」


『はい。・・・・・できれば、何の関係も無い異世界の人を、私達の問題などに巻き込みたくありませんでした。
・・・・・ですが、私達は、貴方の力を必要としているのです』

『私達を救う為に・・・・戦ってくれますか・・・?』


「た、戦うって言っても・・・僕、喧嘩なんてした事もないし・・・。第一、そんな化け物じみた連中に僕を戦わせるってのが無理な話だよ・・・」


『フフ・・・その辺は心配無用です。貴方に素質があるのなら、どんな強敵も倒せるはずです。多分』


「説得力ないよそのセリフ・・・・・」


『・・・・・・・・ふむ・・・ではルア。彼に『聖木』の葉を・・・・』


「あっ、はい!祐樹君、こっち来て!」

「え?うん・・・」


ルアは祐樹の手を取ると、神殿の出入り口まで走っていった。






「・・・・あのさ、聖木ってなんなの?」

「ん?聖木ってのはね・・・人の秘められた力を引き出すと言われている神様の木なの。で、葉っぱを飲むと、その人の能力が開花するってわけ」

「へぇー・・・・・・。あのさ、ちょっと聞くけど・・・その葉っぱ、誰に飲ませる気なの?」

「え?そりゃ君に飲ませるの」

「え゛!?・・・・な、何で!?」

「君が魔王と戦う為の力を引き出す為ー」

「な、何でだよ!こんなワケわからん世界にムリヤリ連れてこられて、『戦ってくれ』だって!?身勝手すぎるよ!」



「・・・・・・・・祐樹君、そんなに戦うのがイヤなの?」

「あ、当たり前だろ!そんな化け物みたいな奴らと命のやり取りするなんてごめんだよっ!」



「・・・・あのね祐樹君」

「な、なんだよ・・・。僕は戦ったりなんてしないからな・・・」



ルアが真剣な目で祐樹を見ている。

さっきまでの雰囲気とはまるで別人のようだ。

「あのね・・・魔王軍の中にはね、わたし達タロットの仲間もいっぱいいるの」

「・・・え?」

「魔王に心を黒く侵され、魔王の操り人形となってしまったタロット達。唯一生き残ったのがわたしと、ザ・ワールドさまだけなの」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・だから、君はわたし達に残された最後の希望なの。・・・・・仲間を、この世界を助けることができるのは、君しかいないの」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・お願い。君の気持ちは良くわかる。でも、仲間を・・・仲間を操り人形のままにされるのは耐えられないの・・・」

ルアはこれだけ言うと、俯いてしまった。


「・・・・ごめん、こんな事、君には関係なかったよね・・・・君が戦いたくないって言うんならそれでいいわ。君はもともとなんの関係も無いんだもんね・・・」


ルアは後ろを向いて、走りだそうとするが、

「待てよ」

「え・・・・・?」


祐樹がルアの肩を掴む。


「やるよ。僕が戦う。・・・・・それで、君の仲間を助ける!」


「ゆ・・・祐樹君・・・・・」


ガバァッ!!


「おわっ!」


「ありがとうっ!祐樹君!君ならそう言ってくれると信じてた〜!」


さっきまでの雰囲気はどこやら、ルアは祐樹に抱きついてくる。

「な、なんだよ。芝居だったの・・・?」

「ううん、違う。本当の事。・・・・ホントは話したくなかったんだけどね、言ったら君が戦ってくれるような気がしたから・・・・」

ルアの言葉に、祐樹はふぅと溜め息をつく。


「フン、戦ったところで、勝てるかどうかなんてわからないけどね・・・」

「絶対大丈夫だよ!なにせ、『タロットの護り手』だもん!」

「全く、それに何の根拠があるのやら・・・」


祐樹は半ば呆れ顔で、ルアの顔を見ていたが、

「あ、あのさ・・・・とりあえず退いてくんない?」

「あぅ、ご、ごめん・・・嬉しかったもんだからつい・・・」

ルアは顔を赤らめてパッと離れる。


「・・・・・嬉しいと人に抱きつくの?君って」

「・・・・・う、うん、みんながいたころには、ね・・・・」


『みんな』というのが、今は魔王に操られているタロット達であることは、祐樹にもすぐわかった。


「・・・・・で、どれが聖木なの?」

「うん、あれ!」

ルアが指差した先を見ると、ザ・ワールドの神殿と同じくらいの高さの大樹がそびえていた。


ルアは、聖木の側までトコトコと走って行くと、地面に落ちていたドでかい葉っぱをずるずると引きずってきた。

「よいしょ・・・っと。ふぅ〜、相変わらず重いなこの葉っぱ・・・」


「あ、あのさ、これを飲むの?」

「うん、そうだよ」

ルアは畳のように大きな葉っぱを持ち上げながら当たり前のように言う。

葉っぱをぶちぶちとちぎりながら、どこから用意したのか大きなミキサーの中に、ちぎった葉っぱを放り込んでいく。


ぶいぃぃぃぃぃん、とミキサーが回転し、中の葉っぱを細かくしていく。




数分後・・・・・




毒々しいまでの緑色の液体が、祐樹の目の前にどん、と置かれた。

「さあ、たーんと飲みなされ!」

「・・・・・・・・・・・・・・」


コップからは、凄まじい臭いが漂ってくる。

「青臭っ・・・・・」

思わず鼻を覆って向こうを向いてしまう。ところが・・・・。


「もーう!早く飲みなさいよ!じれったいなー!!」

「ガボッ!!!」

ルアがコップを掴んで祐樹の口に聖木のジュースを流し込む。


「グ・・・ん゛っ・・・・!」

「だ、大丈夫?」

祐樹は意を決して、口の中のモノをごくんと飲み下す。


「うぷっ・・・・おぅえぇ〜〜〜・・・」

「は、吐かないでよ!吐いたらまた飲まなくちゃいけないんだから・・・・」

「の、ノド越し最悪・・・・」


「・・・・・・で、どう?体になんか変化ある?」

「いや・・・・特に何も・・・・」


「・・・・・・後から変化あるのかもしれないね。さあ、さっそく行こうか!」

「え、もう行くの?」


「もちろん!さあ、目指すは東にあるメリアドの街だ〜!」

「はぁ〜〜、やれやれ・・・」


祐樹とルア、彼らの長い旅が始まろうとしていた――――――







――――――――――――――――――――――――――――――――
タロットカード紹介



『愚者』 ザ・フール


タロットで0番目のカード。

『愚かな行為』 『あてのない旅』 『ある分野で特に優れた者』を示す。


ルアの暗示するカード。





『世界』 ザ・ワールド

タロットで21番目のカード。

『完全体』 『物事の完成』 『宇宙全体』を示す。

愚者と対をなすカードである。


タロットの世界、ザ・ワールドそのものである。

祐樹達と話をした者は、『世界』が具現化した者。


BACK