CHRNO ETERNAL
クロノエターナル

第7話

「奇襲 異形の者」

 

 

 

 


低いエンジン音が唸りを上げている。
その振動が車内に小刻みな上下運動を伝えている。


『各部異常無し、標準巡航モード維持』


エルダの定期報告が車内に取り付けたスピーカーから響く。
それを聞いているのかいないのか後部コンテナにいた昴は膝上に置いたキーボードに指を滑らせる。
キーボードの先には小型ボックスが接続されておりデータが送られている。


「最終バランサーチェック―――マニュピレーターチェック終了―――全システムチェック後、再チェック開始」


手動チェックが終わりオートチェックを起動させると昴はキーボードを床へ置いた。
そして大きく伸びをして軽く時計を見る。


「PSAの再システム終了まで約1時間・・・後残ってるのは自分の装備とあんまり使ってない重火器類か・・・」


周りを見渡しチェックしなければならない武器を見る。
数は多いという事は無い。
自分の装備のチェックはすぐに終わるし重火器類の武器は片手で数えるほどしかない。
さらに重火器類はエルダが常にチェックしてくれているのであまり手を加える必要が無い。
実際、残っているのは自分の装備だけだ。
昨日から夜通し武器のチェックを行なっていたせいか体に疲れが見れる。
だが、手を休めずにホルスターから拳銃を抜き分解し始める。


「お疲れ様です、コーヒー置いときますね」

「サンキュー、その様子だとそっちのチェックは終わったみたいだけど?」

「はい、私は装備だけだったんで」


お茶を置きながらたまはいつも通りの笑顔で答えた。
たまの服装はいつもの私服と違い青いジャケットと白のロングパンツといった動きやすいものになっている。
これはオーディン邸でロキが用意してくれたものでたま自身も気に入っている。
オーディンの屋敷を出発してから約3日が過ぎた。
出発時に補給物資と隕石破壊メンバーの集結ポイントと日時の入ったディスクが渡され今はその集結ポイントに向かっている。
ロキも一緒に来るように誘ったのだが彼には別に用事があるようで屋敷で別れた。
拳銃を分解し終えると昴は横に置かれたカップに手を伸ばし口に運ぶ。


「ポイントまでは後どれくらい?」

『このままの速度で後26時間と言った所だな。日時の1日前に着く予定だから問題はないだろう』


愛想のエルダの返答を聞くと昴は拳銃のメンテに入る。
たまは台所に行き台所周囲の掃除を始めていた。
特に危険性のある生物に会う事無く無事にザンド・アーマードはポイントを目指す。
周囲には自然な平原が続いている。


『昴、ちょっといいか?』

「ん?何、エルダ」


拳銃を組み立てている途中にエルダから声が掛かった。
昴は組み立て途中の拳銃をメンテ中のパーツを入れる箱に入れ話を聞く。


『2時の方向にバギーが止まっている』

「何か問題があるの?」

『その周囲に中型の熱源が接近してるのだが―――』

「バカ!それを先に言え!」


すぐにコンテナに走り装備を取ろうとする。
だが、愛用の拳銃はメンテ中で使用できずレーザーブレードも不安が残った。
そんな事を思っているとコンテナの収納ボックスが飛び出した。


『火器戦闘装備だ、いつもの奴より重いが問題は無いだろ』

「サンキュ♪」


ボックスに入っていたベルトを掴み取り昴はそのままエア・ロックを飛び出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


荒れた平原の一角でバギーが横転していた。
その片側は地面に飲み込まれほぼ鉄屑と化している。
―――銃声が響く。
バギーのドライバーが横転したバギーの上に立ち地面に向けて発砲する。
その先には無数の触手がバギーを掴んで地面に引き込んでいる。
放った弾丸は当たりはするものの無数にある触手にはあまり効果が無い。
エア・ロックを出た昴は地面を蹴り現状を相棒に報告する。


「エルダ、狙ってるのはヒトクイモドキ。近くに本体があるはずだから―――」

『了解。すぐに本体を探し出す』

『私も手伝います』


エルダとたまに情報収集を任し意識を襲い掛かる触手に集中させる。
両腕をベルトに滑らし脇に装備した武器を掴み取る。
軍用剣セイバーから刃を取ったような武器で塚の部分に小型ボンベが付いている。
昴は触手から2メートルぐらい離れた距離で手に取った武器を振う。

―――紅の閃光が業炎を発生させた。

武器を振った数メートル先にあった触手は2つに分断され業火に包まれている。
ブレイズセイバー―――8000度以上に加熱した高温圧縮酸素ガスを噴出し刃とし斬るのではなく物質を溶解させて分断するガスブレードだ。
昴が愛用するレーザーブレードより威力が高く、本体充電式のレーザーブレードと違い塚の小型ガスボンベさえ変えれば長時間の使用が可能な利点がある。
だが、高温のガスを噴出しているため耐熱冷却性を持つ本体はともかく使用者はその熱を直接受け体力の消費が激しくなるという難点がある。


「大丈夫か!」

「ああ、なんとかな」


体格のいい眼鏡をかけた金髪の男が言った。
彼は手にはコルトM203が握られており触手に向けて発砲する。
昴もブレイズセイバーで焼き払うものの触手の勢いは止まらずバギーは飲み込まれていく。


『分かったぞ、お前の立っている場所から3時の方向に5メートル』

「了解」


敵の位置を聞きすぐに地面を蹴る。
言われたとおりのポイントに跳び、所々雑草の生えた荒地に紅の閃光を突き刺す。
突き刺された地面は赤銅色に加熱され地面自体を高温に加熱する。

―――土が舞い上がり視界全体を覆った。

大型の狂虫―――ヒトクイモドキは高温になった地中に耐え切れず地上に出現した。
皮膚は半透明で全身の体毛がイソギンチャクの触手の様になっている。
昴はすぐに後退し距離を置く。
ヒトクイモドキは毒性のある全身の触手を伸縮させ弱った獲物がところを食べる性質がある。
現に彼の尻尾の触手は真っ直ぐと伸びバギーの右後輪を捕えていた。


「――――――」

「っち!」


狂虫が放った触手をブレイズセイバーで焼き払う。
その隙を逃さずに追撃が放たれるがそれも左腕のブレイズセイバーで防ぐ。
だが、足を狙ってきた伏兵には対応しきれず掴まれ、引っ張り倒される。
触手の引きは強くジリジリと狂虫の方へ引き摺られる。
ブレイズセイバーで焼き払おうとするが足が近いためそれができない。


「くそ!」

「動くな!!!」


爆音がその場から音を消し去った。
ヒトクイモドキは炎上しそれを消そうともがき苦しんでいる。
同時に触手の力が弱まり昴はすぐに足を引き逃れた。


「これで貸しはチャラな」


燃える狂虫の反対側から声が聞こえた。
立ち上がるとそこには眼鏡の男が突撃銃を肩に掛けており下部の砲口が煙を吹いていた。
どうやら彼がグレネードでヒトクイモドキにトドメを刺したらしい。
灰になって行く狂虫を確認し昴はブレイズセイバーを止めた。


「俺は昴、お前は?」

「ジーン・ガチェッド、通称ジーン。ところであのサンド・アーマードの上からライフル構えてるのはアンタの仲間?」


金髪眼鏡の男―――ジーンの指先の方へ振向くと言う通りサンド・アーマードの上からたまがライフルを構えていた。
どうしてかと首を傾げると『間抜けをした誰かを助けるために出て行ったんだ』とインカムから答えが出てきた。
軽く手を振り無事である事を知らせるとたまはライフルを下ろしその場で待機した。


「ちょっと聞きたいんだが、お前ら何処へ行くつもりだ?」

「ここから1日で行ける廃墟の町だよ」


昴はさらっと答えた。
廃墟の町とはギガネルと言う町の通称だ。
進んだ科学技術を持っていた町だったが、数年前に研究所から科学ガスが漏れ住人が全滅すると言う事件が起こった事からそう呼ばれている。
ガスは後に全て浄化されたが今では一部の物好きしか寄り付かない廃墟と化している。
ついでにそんなところがオーディンの指定した集結ポイントでもある。


「なら俺も連れてってくれよ。俺もそこに用があるんだ」

「もしかしてお前も隕石の・・・」

「アンタも?なら話しは早いや、俺のバギーこんなんだからアンタの―――」

『おい、地中にもう2匹いるぞ。ヒトクイモドキとは別の奴だ』

「へ!?」


地面が裂けた。
その隙間から黒い陰が飛び出し地表に姿を現す。

―――歪な姿だった。

異常なほど発達した爪。
腐敗したような皮膚にその身を包む異様な臭い。
喜怒哀楽の感情がいっさいない無い表情。
目は赤く染まり尋常ではない事を語っている。
そして何よりそれが人型と言う事に昴は驚いた。
この世界には「獣人」や「龍人」などの混血人種もいるが眼前にいるそれは自分の知っているどの種族にも該当しなかった。


「エルダ?こいつは―――」

『私のメモリーには登録されていない。混血人種のようだが油断はするな』


エルダの指示通りにブレイズセイバーのスイッチに指を掛ける。
考えている事は同じらしくジーンも、サンド・アーマードの上のたまも武器を構えている。
昴は震えかけの体に鞭を打ち、慎重に近づき突然現れた異種の者に声をかける。


「お前たち見かけない種族だけど・・・」

「――――――」


何かを呟くように口を動かし異種は爪を構えた。
その動作に躊躇いは無く、赤い眼光でこちらを睨む。
爪の長さは約1メートル。
昴の間合いより倍は短いが接近されれば小回りが利く爪の方が有利に決まっている。
敵意を理解したのかジーンも昴の横に付き構えるもう1人の異種に銃口を向ける。


「――――――!!!」


戦いの幕が上がった。
紅の刃が現れ昴はすぐに地面を蹴る。
異種も昴を視界に捕え己が武器の間合いに昴を入れようと跳躍し弾丸のように向かってくる。
「ジュッ」と紅の刃と爪が接触した音が鳴る。
だが、超高温の刃に触れても爪は溶解せずに昴の肩を狙う。


「―――ッち!!!」


ジーンは左手でナイフを引き抜き攻撃を払った。
隙ができたところでM203のトリガーを引く。
しかし、放った銃弾は空いていた爪に弾かれ地面に落ちる。
「何!?」と驚く暇も無く異種は接近し爪を振るう。
それを紙一重ギリギリで回避しナイフで異種の腕を突く。


「――――――」


ナイフは刺さった。
確実に相手の関節に突き刺さり動かせないくらいの傷を負わせている。
それを確認するとすぐに後退し敵を睨む。
だがその期待を見事に裏切るかのように異種は腕からナイフを抜き、軽く刺した方の腕を動かす。


「M203とナイフが効かないとなると・・・はぁ〜アレやると疲れるんだけどな〜・・・」


「やれやれ」と手を上げると持っていたM203を地面に投げた。
ジーンは全身の力を抜き体から闘気を消す。
それを奇妙に思ったのか異種はぎりぎりの間合いまで接近し手は出さない。

―――空気が震えた。

周囲の風は止み、停止した空間に殺気と闘気に満ちた気が流れ出し風を生む。
ジーンは
外見に大した変化はないが見るものが見れば気まぐれで穏やかな猫が知的で獰猛な虎に変わったような変化があった。
異種はその気に押されたか行動が止まった。
いくら特殊で謎な点が多いと言っても自然界の常識からは外されない。
「恐怖」と呼ばれる鎖が異種を縛りつけ身動きを封じる。
それを知ってか知らずか変貌したジーンは全身のチェックを行い異種に向かって歩み寄る。


「さて、俺がこの姿になってやったんだ。少しは楽しませろよ・・・」


鋭く光る金の目が細まり、軽く地面を蹴った。


「――――――!!!」


何度目かの攻防戦。
昴はギリギリまで接近した異種の攻撃を避け紅の刃を振るう。
それに対し異種は自分の急所から刃を外す様に避け爪を突き出す。
異種の攻撃は髪に掠ったが、第二打を放とうとする前に蹴りを入れ追撃だけは逃れる。
何かが違った。
先程から敵の攻撃を避けきれなくなってきている。
別に相手が接近戦向きの武器だからではない。
異種のスピードが速く・・・いや、自分のスピードが遅くなってきている。
ヒトクイモドキの毒―――長時間に掛けて獲物の体内に潜伏し徐々に神経をマヒさせていく厄介な毒だ。
それが先程足を掴まれた時に体内に侵入し全身に回ってきているのだ。
自分の体の事に気づき昴はすぐに退避しようとする。
だがその瞬間、白い弧を描き両腕の爪が自分に向かってくる。
すぐに回避しようとするが体の動きが遅く避けきれない。


「やばい!」


体が弾け飛んだ。
心臓が貫かれ、頭部が弾け飛び、骨が粉々に粉砕される。
全身の力が抜ける。
胸から紅の血が溢れ出し体の機能が停止する。


「危なかったな。あっちの方も心配してたぜ」


昴は目の前の出来事に驚き止まっていた。
一瞬だった。
避けきれない自分に異種の爪は確実に急所を捕えた。
だがその間に突然ジーンが出現し間に割って入った。
ジーンは見えない速さの拳で相手の胸を貫抜き心臓を破壊した。
さらにそれと重なるように最初から異種を狙っていたたまがトリガーを引き頭部を粉砕したのだ。
異種の胸から腕を引き抜きジーンは腕の血を拭った。
その腕の皮膚は人のものではなく爬虫類のように灰色の鱗がびっしりと並んでいる。


「あれ?・・・お前」

「ああ、これね。俺は龍人だからこれくらい普通だよ」


ジーンは腕を昴の上げて見せた。
皮膚の鱗が沈んでいき人間の腕に戻っていく。
龍人―――詳しくは知らないが人間と龍族との間に生まれた亜人で力は人間の倍以上もあり運動能力も高いらしい。
ジーンの腕が元に戻ると昴はブレイズセイバーの刃を直し地面に倒れこんだ。
ヒトクイモドキの毒が全身に回り息をするのが精一杯だ。


「昴さ〜ん、大丈夫ですか!?」


サンド・アーマードから狙撃をした後たまは医療キット持って走ってきた。
そこから解毒剤を取り出し昴に飲ませる。
2〜3時間もすれば体の痺れも取れ、不自由無く動けるだろう。


『あれくらいの攻撃防げたろうに』

「疲れてたんだよ、さっきまで武器のチェックしてたんだから」


インカムから聞こえるエルダの嫌味に怒鳴りつけるように返す。
昴はたまの肩を借りてサンド・アーマードに帰ろうとする。


「ほら肩かしな、俺が連れて行ってやるから」


何故かたまではなくジーンに肩を借されサンド・アーマードへと向かう。
たまは勝手に昴を連れて行くジーンに何も言えずそのまま付いて行く。


「助けてやったんだから当然乗せてってくれるだろ?」

「しょうがない・・・そういう事にしておく」


ジーンの肩を借り昴はサンド・アーマードに帰った。
そして主たちの乗った事を確認したエルダはゆっくりとサンド・アーマードを発進させた。



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