CHRNO ETERNAL
クロノエターナル

第6話

「依頼 迷い無き決断」

 

 

 

 


目覚めればいつもの日々が始まると思った。
単調で平和な憂鬱な日々が―――

 

 

 

「―――!」


全身から痛みを感じた。
それによって意識が戻り体に熱が入る。
昴は痛みが走る体を無理やり動かし強制的に目覚める。
部屋の窓から日が差し、自分は白乳色のベットで上半身を起こしている。
どうやらサンド・アーマード内ではないようだ。
警戒心が高まる。
それと同時に昨日の記憶を蘇らそうとする。


「起きたみたいだね、寝心地はどう?いつものハンモックより良く寝れたと思うけど」

「―――!」


突然、部屋の奥から声がした。
先程見渡した時には自分以外誰も居なかったはずだ。
昴はすぐに立ち上がり声元を睨みつける。
すると声の主は何の緊張も無く昴の前に出た。


「大丈夫だよ、君を傷つける気は毛頭無いから」


現れたのボーイのような格好の美青年。
だが、昴はそのボーイに好意を持てなかった、むしろ敵意を剥き出しにしている。
彼は突然自分達のところにやって来て牙を向けてきたロキと言う青年だ。
拳に力が入る。
ロキのせいで自分だけでなくたままで迷惑を被ったのだ。
今ならいつでも相手に飛び掛れる。


「怒るのは構わないけど先に服を着てくれ、目のやり場に困る」

「え!?」


拍子抜けしたような声が昴から出た。
昴はその時始めて自分が裸体である事に気付いたのだ。
今まで周りの事に意識を集中させていたために全く気付かなかった。
すぐにベットのシーツで体を隠す。
こういった時に限って自分が「女」である事をやけに意識してしまう。


「服はベットの横にあある。着替えたら出てきて、外で待ってるから」


そう言うとロキは何事も無かったかのように部屋を出て行った。
寝いるような静けさが部屋に戻る。


「な、なんなんだよ!?もう!」


部屋には顔を赤めた昴だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


着替えを済まし部屋を出た昴を待っていたのはロキと高級感のある廊下だった。
まだ顔に赤みが残る昴に対しロキは平然とした顔をしている。
取り合えず先程の事は流し普通に接する。


「で、なんで辺境に居たはずの俺がこんな場所にいるの?」

「僕が連れて来たんだよ、他の2人もちゃんといるよ」


平然と答えるロキ。
さらに昴は質問を出そうとするがロキの口が先に動いた。


「まずは朝食を。君をここに呼んだ張本人もいるだろうから話はそこで」


軽く頭を下げロキはそう言った。
そしてホテルのボーイのように昴を先導するため先に動ごいた。
不本意ながら昴はその後を追う。
本当ならこの場で問い詰めるのだが先にああ言われてしまっては仕方が無い。
―――屋敷は意外に広かった。
自分が寝ていた部屋を出てから数分は経つのだがまだ食堂に着かない。
「迷った?」と疑いたくなるようだがロキは何の問題も無く足を進めている。


「ここだよ」


部屋を出てから約10分。
よくやく自分をここに呼んだ張本人が居る食堂についた。
慣れているロキはともかく初めての昴はやや疲れ気味だ。
肉体的にではなく精神的に・・・
ロキはそっと食堂への扉を開け中に昴を招き入れた。


「すごい・・・」


それが最初の感想だった。
目の前に広がるのはまさに豪華としか言わんばかりの光景だった。
木製の大テーブル、その上に置かれた多彩な食べ物。
それを見ただけでもここが普段とは違う別次元の場所なのだと感じ取れた。


「あ、昴さん。おはようございます♪」


聞き慣れた声が響き現実に引き戻される。
先程までのこの部屋の神秘さに見とれていた気が肉体に戻る。
それとほぼ同時に馴染みのある少女―――たまの姿があった。


「よ、おはよ。大丈夫?何かされなかった?」


昴の心配とは裏腹にたまは首を横に振る。
どうやら彼女もさっきここに連れて来られたばかりで何も分からないようだ。
ついつい愛らしさ故にたまの頭をグシャグシャに撫でる。


『思っていたより元気そうだな。昨日あれだけ戦ったからもう2〜3日は寝ていると思ったが』


相変わらずの無愛想な擬人音でエルダが言った。
何故かサンド・アーマードの姿ではなくPSAの姿だ。
この優雅な空間に全く溶け込んでいない。
ま〜PSAと言う戦闘兵器がこの空間に馴染めるとは思っていないが。


「あれ?エルダ直ってたの?ロキに何かされて壊れてたと思ったけど」

『ああ、普段通りに好調だ。実のところ、あの時も私は壊れていないのだがな』

「え?」


驚きの声を上げる。
当然だろう、昴はインカムを使って連絡を入れたが彼は答えなかった。
一瞬、エルダに対して怒の感情が沸いてくる。
頼みの相棒が肝心な時に自分を避けた―――そんな軽いものではない下手をしていたらあの時に死んでいたそうなれば見殺しも同然。


「テメェ!なんで―――」

「それは君の事が心配だったからさ、君の身体の変化を彼は一番分かっていたからね」


強い威厳のある声が響き、昴を止めた。
それは今まで聴いた事の無い綺麗な聖声だった。
昴は振り返り声がしたであろう方を見た。


「――――――」


長く優雅で美しい白銀が舞っていた。
その白銀の中央にはロキにも負けずとも劣らぬ男が居た。
だが、彼はロキとはまた別の高貴な気に包まれていた。
声を出せず息が止まる。
魅せられるとはこういう事を言うのだろう。
事実、昴は「見る」以外の身体器官が全て止まっている。


「始めまして私はオーディン、ここの主だ。まずはテーブルに、せっかくの料理が冷めてしまう」


白銀の天使。
それが最高神の名を持つ彼に相応しい表現だろう。
その絶大さわ今までの昴の感情を一掃させ、大人しくテーブルに着かせるまでに至る。
昴自身も分かっていないが彼にはそうさせる力かなにかがあるように感じた。
昴の着席を見とどけエルダとたまもテーブルに向かう。


『話を頼むオーディン。状況をよく理解できていない私では説明力不足なのでな』

「そうですか、ではまず―――」


オーディンの話しが始まった。
この時、これがこの後の壮大な運命の幕開けになるとは昴は気付きもしなかった。

 

 

 

 


ことの発端に気付いたのは数ヶ月前に遡る。
大陸のとある村で事件は起こった。
隕石が落下したのだ。
この大陸にも極稀に隕石が落下する事は有ったが規模が違った。
その隕石はその場に在った村の半分を消滅させたのだ。
本題はその後に起こった。
隕石落下の情報を聞きオーディンは至急調査隊を村に送った。
救急患者の為、医療ユニットを持って村に入った隊員の眼前にその光景は広がっていた。


「うっ―――」


まず隊員を襲ったのは異臭だった。
煙の臭いとは別の鼻を突く、今まで嗅いだ事の無い歪な臭い。
その先には無残にも腹部を引き千切られた男の亡骸があった。
おそらく隕石落下の衝撃でこうなったのだろう。
隊員はそう思う。
だが、それをすぐ打消す現実が目の前に存在した。


「・・・・・・」


隊員は言葉を失った。
男の亡骸の後ろに異様なものが存在していたからだ。
焼け爛れた皮膚。異常に盛り上がった体。背中から生えた蝙蝠の羽。
そう、それは―――人とは言い難い、人の変わり果てた姿だった・・・

 

 

 

 

 


「後の調査の結果、隕石が落ちた場所とは別の場所でも生物が突然変異し事件を起こした事が確認されている。おそらく突然変異した生物は自我を失い凶暴化するのだろう」


たんたんと語るオーディン。
その内容に昴は食事の手を止め真剣に聞き入れる。
先程までの明るい空気は真剣なピリピリした空気に変わっていた。
―――数ヶ月前
それは自分の身体が女になりたまと出会った辺りだ。
数週間後、自分はロストリサーチ中に意識を失い純白の翼が生え自我を失いたまとエルダを襲った。
オーディンの言っている事には嘘は無い。
それは彼の真剣な顔からも分かるが現に体験した自分がよく分かっている事だ。


「推測では有るがこの突然変異の原因は隕石にあると思われている。そこで私はこの隕石の破壊を行なう者を集めた」

『そこからは聞いた。それには変異した者と同等の力を持つ者が必要だった、だからオマエは同じく変異し自我を失っていない昴をそのメンバーに入れるつもりだった』

「そう、そこで同じ境遇のロキに昴君の審査兼御迎えに向かわせた、失礼な事だがこちらもいろいろ警戒しなくてはならなくてね」


―――同じ境遇。
その言葉だけが昴も引っ掛かった。
つまりロキも自分と同じ変異し自我を失っていない者と言う事になる。
別に意外では無かった、実際漆黒の翼を持ち未知な力を使うロキの正体が分かり逆に「スー」とした。
だが、オーディンの言い方は何か別の意味があるように感じた。


『で、昴。オマエはこの話に乗るか?』

「あ、え?」

『肝心なところを聞いてないなオマエは。オーディンが私達を呼んだ理由はオマエを隕石破壊メンバーに迎える事だ、だからそれを受けるかどうかと聞いているんだ』


自分が「ぼ〜」としている間に話は進んでいたらしい。
オーディンが言っている話は分かる。
正直依頼は受けたい。
メンバーに入れば自分の身体の事もあの純白の翼の事も分かる。
もしかしたら自分が元に戻る方法があるかも知れない。


「・・・・・・」


視線を自分の横で食事を進めている少女に向ける。
もし依頼を受けたら彼女―――たまを巻き込む事になる。
この依頼は必ず戦闘が起こる。
しかもそれは普通の戦いではなくロキと戦った時のような戦闘だ。
その時たまを自分は守る事ができるだろうか?
最悪の場合彼女だけで自分の身を守らなければならない。
ここ数週間の間たまには必要最低限の身を守る方法を教えたつもりだ。
だが、それだけでは足りない。
それは同種のロキと戦った自分がよく分かっている。
突然変異した者にはそんな方法では全くの無意味なのだ。


「昴さんの考えている事は分かります」

「へ!?」


目の前の少女が向き直り正面を向く。
予想外な昴はそのままたまと目を合す。
いつもの笑顔とは違い真剣な顔の彼女がそこに居た。
それは今まで見せた事の無い表情で昴はただ目を合わす事しかできない。


「昴さんが私の事を考えてくれてるのは分かります。けど、そんなのは嬉しくないです」

「・・・・・・」


言葉が出ない。
真剣なたまの顔は普段の笑顔の印象がある為か威圧が強い。
そんな昴の手にたまは手を重ねる。
そして大きな瞳でその手を見て真っ直ぐこちらを見直す。


「昴さんは昴さんのやりたいようにしてください。それが私が一番嬉しい事です」


幼い少女の言葉が昴には自分を優しく見守る母親のように聞こえた。


『らしくも無い事で迷うな。もしもの時はお前が守ったらいい話だろ』


漆黒のPSAが「今さら何を迷う」とこちらを見る。
それに対し昴は軽く頷き返す。


「俺らしくなかったな・・・ごめんなたま、エルダ」


しっかりとたまの手を握った。
たまと目を合し気持ちを落ち着かせる。


「決まったよオーディン、お前の依頼を受けるよ」


純粋な昴の瞳が真っ直ぐにオーディンに向けられた。



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