CHRNO ETERNAL
クロノエターナル

第5話

「訪問者 女神の翼」

 

 

 

 


風がいつも通りに、何の変化も無く吹いていた。
連続して銃声が響き薬莢が地面に落ちる。
そんな場所に昴は座っていた。
首にタオルを掛け、手にはドリンクを握っている。


「昴さ〜ん、撃ち終わりました」


活気の良い声が後ろから聞こえてきた。
振り向くとそこには片手に拳銃を握ったたまの姿があった。
彼女の周囲には大量の空薬莢が転がっている。
昴は双眼鏡を取り出し遠方にある白い板を見た。
そこには穴が開いており、中央より外側の方が多く穴が開いていた。


「まだまだだよ、中央が落ちるまで練習続行」

「はい、分かりました」


たまはマガジンに弾丸をリロードし射撃練習を再開した。
遺跡の事件から2週間が過ぎた。
自分はよく覚えていないが最後の攻撃を放つ時に自分は攻撃を逸らし、2人は助かったようだ。
あの時、少しならずとも自分には意識があった。
体が意思に反しながら動き、2人を襲った。
昴ではあるが昴ではない、スバルと言うそんな感じだ。
制御できなくなった体に声を掛け必死で抵抗していたが、最後の攻撃を外させるのがやっとだった。
攻撃を外した後、スバルは急に頭を押さえ倒れこんだそうだ。
それからエルダがPSAに無茶を掛け自分を運んで遺跡を出たらしい。
この事件後だ、たまが武器を使えるようになりたいと言い出したのわ。


『お前が不甲斐ないからだろ』


と、言うのが相棒の意見だ。
実際にそうなのだがそう言われると反論できない。
本当はたまにはそういった事は教えたくないのだが本人の意思なのだから仕方が無い。


「ま、他に問題が無いとも言えないんだけど・・・」


そう言って背中に手をやった。
女神の後遺症。
今の状態では見えたり触ったりできないがあの時生えた純白の翼は消えていない。
どうやら自分の意思で収納は可能なようで普段は消して私生活に支障が無いようにしている。
これがたまを心配させる元となっているのは明確だ。
切断も一度考えたが他者にこの体を見せる訳には行かず断念した。


『10分経過、クレーン射出する』

「了解」


手のドリンクを銃に換えすぐに立ち上がる。
ほぼそれと同時に後方から円盤状の物体が射出され自分を越えて行く。
瞬時に銃を構え、標準を合わせる。
移動する物体に合わせ銃を動かし確実にそれを捉える。
トリガーを引く。
銃声が響き、銃口から銃弾が吐き出される。
円盤状の物体は中央を撃ち抜かれ砕け散る。
それに引き続き次々にクレーンが射出され昴の頭上を飛ぶ。
それらを先程と同じ手順で銃を向けトリガーを引く。


『第2トレーニング終了、クレーンALL DELETE』

「射撃の腕・・・と、言うより身体能力は前より上がってるかな?」


「これも女神の後遺症か・・・」とそこで考えを打ち切る。
この様子だと他にも何か変化があるのだろうが今考えても仕方が無いのは分かりきっている。
問題は―――


「問題はこれからの事だね」


黙っていたら社会的には何の支障も無いだろう。
衣食住には何の問題もない。
誰1人自分を気にせず、接し、離れていく。
だが、それは事実を知らない者に対しての答えだ。
知ってしまった者―――エルダ、たま
彼女らには過大な迷惑を掛ける事になるだろう。
自分との関係を保つ為に事実を隠し、口を噤む。
事実を知らない他者から隠し通し、騙し通す。
それがどれだけ辛い事か・・・それは当事者した分からないだろう。
それはそれをそうさせている自分も変わりは無い。


『浸っているところ悪いが・・・』

「ん?あ、ごめん、少しぼぉっとしてた。何?」

『たまが呼んでいるぞ』

「あ、ああ、すぐに行くよ」


昴は銃をホルスターに直したまの元に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


風が気持ちよかった。
空には雲1つなく快晴と言える。
そんな中に1人の青年が居た。
闇と同化する漆黒の翼が背中から生えている青年が。


「ふ〜こっちの空気はいいね〜気持ちよくて。たく、オーディンも人使いが荒いよ」


青年が髪をかき上げた。
彼の金髪が風に触れられ美しく舞う。


「人が神に突然変異したからって僕を送ることないのに・・・ま、それだけ彼が焦ってるってことだけど・・・」


天に近い大空から下界を見下ろす。
そこは砂漠と森林地帯の境でその一角にサンド・アーマードが停止している。
さらにその側に2人の人間が居り連続して高い音を発している。
彼はそれを見ると手で隠した口で微々に笑った。


「自然の摂理に反した女神・・・その力を試させてもらうよ」


漆黒の翼が大きく羽ばたき、瞬時にしてその場から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


一瞬、ほんの一瞬だけ気が張詰めた。
それとほぼ同時に風が止み、辺りが静まり返りる。
そんな些細な事に気が付いたのか昴の目が鋭くなる。


「危ない!」

「っきゃ!?」


突然だった。
突然、異様な速度の何かが昴達の横を通り先程までたまが撃っていたターゲットを粉砕した。
昴はすぐにホルスターの銃を引抜き、周囲の確認をする。
たまは状況が解らずキョトンとしている。
エルダもセンサーで状況の把握をしているが全く把握できなかった。


「今のを避けるなんて人間にしてはやるね」


声が聞こえた。
しかも横からではなく上からだ。
たまを近くに寄せ、鋭い目を上空に向ける。
―――人が居た。
金髪碧眼の美しい青年、服装はこの大陸にはあまり見られない貴族風の服装だ。
そして・・・彼には自分と似た漆黒の翼が生えていた。
「いったい何者!?」と思った時、相手の口が動いた。


「僕の名前はロキ、初めまして女神」

「え!?!」

『逃げろ昴!そいつは尋常じゃ―――」


咄嗟に援護射撃をしようとしたエルダが止まった。
インカムの通信ボタンを押すが通信が入らない。
昴の慌てようとは別にロキと言った青年は美顔で「ニッコリ」と笑みを見せる。


「彼には一時寝てもらったよ。彼、いろいろと五月蝿そうだから」

「てめぇ!!!」

「それと・・・こっちは人質」

「っきゃ!」


一瞬だった。
昴がロキに意識をやってった瞬間にたまを薄い水の膜が包みロキの元へと進んだ。
たまは意識を失ったらしく水の檻の中で身と崩し倒れている。
すぐに行動を取ろうとする昴。
だが、それよりも先にまたロキの口が開いた。


「変な気を起こすな、じゃないとこの子を殺すよ」

「くっ・・・」


昴は強く拳を握った。
緊張の空気がその場に流れる。
突然飛来した謎の青年。
その青年によって機能停止になったエルダと人質に取られたたま。
状況は最悪、挽回する案も無い。
風はこちらに厳しい。


「ま、返さない事も無いけどね・・・」

「え!?」

「用件は簡単、僕と闘う事さ!!!」


ロキが大きく羽ばたいた。
周囲の土や砂などが舞い上がりその羽ばたきの強さを強調させる。
ゴングが鳴った。
昴は地面を蹴り、ホルスターの銃を抜く。
銃口が火を吹く。
銃声が響き、押し出された弾丸がターゲットを襲う。


「無駄だね、そんな武器じゃ僕に傷1つ付けられないよ」


ロキが起こした風が弾丸を吹き飛ばし、昴に向かって凝縮した空圧弾を放つ。
昴は全力で駆けそれを避ける。
再度トリガーを引く。
放たれた弾丸はロキの近くまでは届くが彼が発生させた風によって軌道を逸らされる。
―――銃は駄目だ。
すぐに銃をホルスターに直し次の手を考える。
グレネードなどの銃火器は相手に当たる前に軌道を逸らされる。
逆にレーザーブレードなどの白兵戦武器は相手に接近できない為意味が無い、接近できたとしてもあの空圧弾に吹き飛ばされるだろう。
自分の無力さを知る。
肝心な時に無力な自分に苛立ちを覚える。


「所詮、君じゃ何も出来ないみたいだね」


ロキが冷たい視線を向ける。
その間にも彼の周囲に空圧弾が製作されていき休む間も無く昴を攻撃する。
昴は避けるしかなかった。
攻撃は当たらず、防御できる程の軟な攻撃ではない。
だが、避けた空圧弾は地面を凹まし昴の足場を不安定にする。


「あわっ!」


地形に足を取られた。
バランスを崩し背中から地面に倒れていく。
さらに追い討ちをかけるかのように正面からは空圧弾が襲ってくる。
もう手が無い。
攻防避、全ての行動が今は取れない。
―――無残な死、それが脳裏に過ぎった。
全身を砕かれただの肉塊となる無残な死、それが今眼前にある。
―――死―――
―――死―――死―――
―――死―――死―――死―――
―――死―――死―――死―――死―――
―――死―――死―――死―――死―――死―――
―――死―――死―――死―――死―――死―――死―――
―――死―――死―――死―――死―――死―――死―――死―――
―――死―――死―――死―――死―――死―――死―――死―――死―――
―――死―――死―――死―――死―――死―――死―――死―――死―――死―――
―――死―――死―――死―――死―――死―――死―――死―――死―――死―――死―――
それだけが頭を駆け抜ける。


―――そんな事では困るな。

「え!?」


羽が舞った。
背中に隠していたそれが意志がある様に服の背部を突き破り昴を包む。
ロキの放った空圧弾は純白の壁に阻まれそよ風に変わった。
―――純白の翼。
それが昴の背中から大きく伸びていた。


「あれが女神の翼か・・・」


ロキの表情が服装に合う「キリッ」としたものに変わった。
それと同時に空圧弾が一斉に製作され昴を取り囲む。
360度からの一斉攻撃、さすがにこれは防ぎ切れまい。
ロキは精神を集中させ全ての空圧弾を放つ。


「避けきれ―――」

―――力を抜け、翼で攻撃を弾くイメージをしろ。


頭の中に自分以外の声が聞こえた。
それの指示に従い身体の力を抜き、イメージを作る。
自分と翼が回り、全ての攻撃を弾くイメージを―――
そのイメージの通りに自分の身体を回転させるとそれにつられて翼が空圧弾を逸らして行く。


「弾いた!?」

―――気を抜くな、相手を見ろ。

「うわぁ!?」


咄嗟に避けたそこにはロキの姿が在った。
いつの間にか接近してきておりその手には先の月を模った杖を持っている。
ロキは杖を振り攻撃を放つ。
昴はすぐに銃を抜き銃腹でそれを受け止める。


「さすが異端の女神、これ程の実力とは」

「俺が知るか!」


地面を蹴り飛翔、そして発砲。
さすがにこの距離からは避けきれまい。
だが、ロキは杖を回転させ弾丸を軽く弾いてみせる。


「っち!」


大きく羽ばたき後退。
ロキと距離を取る。
―――イメージ。
それが頭の中に残った。
そのお蔭で翼は動き現にこうして宙に浮いている、なら他のイメージをしたらどうだ。
銃から放たれる弾丸が相手を貫くイメージを・・・


「やってみる価値はあるか・・・」


どっちにしてもこちらには勝ち目は無い。
昴は目を閉じ銃を両手で構える。
イメージを―――銃弾が光となり相手を貫くイメージを―――


「何をやろうとしているかは知らないがこれで終わりだ!」


ロキが地面を蹴った。
漆黒の翼が風を支配し彼を浮かす。
彼は昴とは比べ物にならない速さで飛び昴に接近する。
―――閃光が走った。
一線の光が巨大な閃光となり相手の全身を包んだ。
光に包まれた体は何も無かったように消滅していく。
風が吹いた。
それと同時に閃光も止み普段と変わらないいつもの空に変わる。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁっ・・・」


閃光を放った者―――昴が閃光を放った銃を力無く下ろした。
かなりの体力を消耗したのか意気が上がり大量の汗を流している。


「たま・・・ちゃんは・・・?」


今にも倒れそうな身体に鞭をやり水の檻に囚われたたまを見る。
すると水の檻はゆっくりと地面に落ちたまを開放した。
たまはまだ意識を失っているのか地面にうつ伏せに倒れている。
身体全体に痛みが走った。
先程まで大きく開いていた翼にも力が入らなくなり「ドサッ」と地面に落ちる。
体から力が抜ける。
目を開けているのがやっとの状態だ。
が、そんな体を無理やり動かしたまの近くによじ寄る。
腕を伸ばした。
手のひらがたまの手を掴み力無く落ちる。
そしてそのまま昴は力尽き目蓋を完全に落とした。


『――――――』


サンド・アーマードのライトが光った。
全身の機器に電力を通し異常を確認。
何も無い事を確認し通常モードにシステムを移す。


『2人は寝たぞ、そろそろ出てきたらどうだ』


エルダの擬人音が外部スピーカーを通じ外へ放たれた。
それは相棒の昴やたまにではなく明らかに第3者に放たれた言葉だった。
外は無音。
昼間だと言うのに夜の静けさを覚える状態だった。


「すまないね、君には迷惑を掛けて」


エルダの声に応じ彼が姿を表した。
しかしそれは漆黒の翼を持つ金髪碧眼の青年―――ロキだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


――――――――――――――――――――――――――――

 

 

          登場人物

 

 

名前:昴
性別:女

大陸に生きる少女。
生死の境を彷徨い、男から女になったり、異常な能力を得たり散々な運命を辿る。
能力を使い純白の翼を生やし、広げた時はまさに女神のような姿で戦闘能力も備えた破滅の女神となる。
大雑把で気分屋だがやる時は別人のような性格になる。
様々な兵器を扱い能力を極限まで引き出すことができる。
異常に変化した身体を戒めながら苦悩の日々を過す。

 

名前:たま
性別:女

女になった昴が起きたときに一緒に倒れていた少女。
名前と歳以外は全く覚えていないのだがそんな事を忘れさせるほど明るく優しい振る舞いを見せる。
世話をしている立場の昴をお世話しているしっかり者でもある。
人見知りが激しいのがたまに傷。

 

名前:エルダ
性別:男

昴の相棒でツッコミ担当。
サンド・アーマード(砂上強化戦車)のメインコンピューターである機械知性体ユニット。
黒いPSAなど機械武装の核としても使用可能である。
昴を生活・武力・経済などあらゆる面でサポートする。

 

名前:ロキ
性別:男

昴達とは別の大陸からやって来た邪神。
金髪碧眼の美青年で頭も良いのだが、悪戯好きなのが玉に傷である。
たまやエルダを人質に昴に勝負を挑んだ。



BACK