題名無し


第1話


「血を纏う戦慄の魔帝」

 

 

 

 


月の出る夜。
「ドサリ」と地面に倒れた・・・
青年はその亡骸を見下ろすとその場に座り込む。
その周りには死体と無残なガレキなどが散ばっていた。
風に血やほこりの臭いなどが混じっていた。


「俺もここまでだな・・・」


青年が言った。
所々に傷を負い腹部には大きな穴が開いており異臭を放つ血が流れ出している。
自分の持っている自己再生能力を使ってみるが傷は塞がれず血が流れるばかりだ。
(最後の一撃が痛かったようだな)
先程倒した亡骸の前に突き刺さっている剣に眼をやる。
剣の主が“魔封の剣”と呼んでいた剣は斬りつけた相手の能力を封じるという能力があり、斬りつけられた自分はこの有様なのだ。
他の能力も使おうと試みるが何一つ使えなかった。
月が綺麗だった・・・
その光で出来た影の中に自分がおり、影のように空しく無に帰るような死を迎えようとしている。


「あんたは生きてるみたいだな」


背後から声が聞こえた。
自分と同年か弱冠年下の青年がそこにいた。
髪と瞳は緑、身長は180前後、何故かゴルフバックを担いでいる。
そんな彼に向かって青年は聞いた。


「・・・お前もそいつらの仲間か?」

「いいや、俺はこいつらを殺すように雇われた人間さ」


アッサリと緑髪の青年が答えた。
そしてゴルフバックを地面に下ろし自分の容態を確認していく。
振り払おうとしたが先に腕を押さえられそれを拒絶された。


「俺がもう少し速ければあんたもこんな目に合わなかったからな」


それだけを言うと彼はバックから医療用キットを取り出し包帯を取り出した。
意外だった。見捨てるならともかく助けられるなど思っても見なかった。
(珍しいやつだな・・・)
貧血のせいか青年はゆっくりと目を閉じ、緑髪の青年に身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


威勢のいい声が部屋に響いた。
それと同時に緑髪の青年―――セシルは地面を蹴り向かい側の青年に拳を向ける。


「あまいな」


セシルを目の前に漆黒の服装で身を包んで青年―――ガルフが微笑した。
彼の内側に回り込み、手首を掴んで地面に叩きつける。
セシルは受身を取り、次の相手の攻撃をさけようとするがガルフは追い討ちをかける。
その追い討ちを回避し、身体をバネにして立ち上がりローリングソバットに発展させる。


「っぐぁ!」


ソバットを腕で防がれ、脇腹に蹴りを入れられ地面に伏せる。
セシルはすぐに立ち上がろうとする。
―――冷たい感触が額に当たった。

 

 

 

 


ガルフはFNファイブセブンをセシルの額に突きつけた。
同時にセシルと目線を合わし睨めつける。
数秒間の硬直後、セシルは両腕を上に上げた。
それと同時にため息をつく。


「今回は勝てると思ったんだけどな」

「力技からスピードに変えたのはいいがその分防がれる攻撃が増える」


セシルのグチにガルフが答えた。
銃を腰のホルスターに直し、セシルを引き上げる。
それと同時に部屋を見渡した。
鋼鉄の壁で仕切られた数十メートル四方の部屋、いたるところにトレーニングマシーンがあり自分達の他にもトレーニングをしている人達もいる。


「たまには手を抜いてくれてもいいんじゃないか」

「それじゃ俺が詰らん、来るものは拒まず倒す」


ガルフはジャケットのたるみを直しながら言い返す。
今まで数百回と戦ったがセシルが自分に勝ったことなど一度も無い。
近い状態に追い込まれたことはあるが、その場に出来る隙を見つけ出し切り抜けている。
自分は強者だとは思っていない、生物は皆弱者で自分もその弱者の1人なのだ。


「お疲れ様です、2人ともいつも凄いですね」

「なんならお前も戦るか?」

「いいえ、丁重にお断りします」


2人の瞬闘を端で見ていたリュッケがドリンクを投げた。
ガルフはそれを軽く受け取るとそれで喉を潤す。
すると、周りで自分達の戦闘を見ていた見物人達がブツブツと意見を漏らしはじめた。


「また、セシルの負けだよ。これで何度目だ?」

「俺じゃ絶対にあの2人には適わないね」

「どうすればあの人みたいになれるんだ?」


ガルフはそんな話しを無視し、セシルを見る。
先程の速攻で疲れているらしい、立っているのがやっとであまり喋っていない。


「大丈夫か?ヘッド(指揮官)だからって無理はするな」

「大丈夫だ、こんな事で音を上げてたあんたには届かないさ」


セシルが大きく深呼吸をする。
(無駄口を叩けるなら大丈夫だ)
そう思うとガルフはそこを後にしようとセシルに背を向ける。
「挑戦ならいつでも受ける」と言わんばかりの行動だった。


「ギャァァぁぁぁ!!!」


絶望の絶叫がトレーニングルームに響いた。
「何事だ!?」と言うふうに皆一斉に声の元に目をやる。
異様な風景だった。
1人の男を中心に数人の人が傷つき、泣き崩れている。
クッション用に引いてあるマットには大量の血が染み込んでいる。
隊員の中にはそれを見ただけで吐き気が頂点に達する者もいた。


「オイ、審判止めるんダったらちゃんと止めろヨ」


嘲笑うかのように男が倒れている傷者を踏みつけた。
よくは知らないが踏みつけられているのはここの隊員のはずだ。
その隊員を男は容赦無く踏みつける。


「そう言えば今日は確か・・・入隊テストの日だったな」


その場を見たセシルが思い出した。
どうやら入隊テストのプログラムの1つの模擬戦で厄介事が起きたらしい。
セシルの言葉からガルフは何となく察する。


「じゃ、頼んだぜ」


セシルが自分の肩を叩いた。
「何で俺が・・・」と返そうとしたが、先に「俺は怪我人だぜ」と返され反論できなかった。
不本意ながらガルフは男に向かって歩んだ。
一部で止めようとする者も居たがガルフから放たれる気がそれ止めたさせた。
近づいてくるガルフに気づいた男が頬についた血を舐める。


「なんダ?アンタもこのバイス様を止めに来たカ?」

「違うな、俺は制裁を加える為にここにいる」

「ハ!どっチも変わんねェヨ!」


バイスが地面に鎖を叩きつけた。
どうやらこれが周りで泣きじゃくっている隊員達を傷けた獲物のようだ。
鎖の先には分銅、手持ちの部分には鎌が付いている。
瞬時にその場の空気が先程のものから塗り替えられた。
ガルフとバイスが放つ気がぶつかり合い、異様な風が発生する。


「くらエ!!!」


鎖鎌の分銅が蛇のように螺旋を描き放たれた。
分銅はガルフの腕に巻きつき、主の下に引きつける。
ガルフは抵抗するでもなくバイスに引き寄せられ、鎖に絡め取られた腕に鎌の刃を突き立てられる。
鮮血が飛び、赤いマットをさらに赤く染める。
バイスが笑みを浮かべる。
何かが傷つく事、苦しむ事、血を見る事それが彼の喜びなのだ。


「こんなものか?」

「何!?」

「お前の本気はこんなものかと聞いている」


ガルフの顔に苦痛の色は無かった。
むしろ見下すような目でバイスを見つめ、重々しく腕から鎌を引く抜く。
だが、その時に血は飛び出さず異様な速さで傷口が再生する
バイスは一瞬動揺するが鎖を戻し、すぐに後方に跳躍する。


「バイオブーストか!」


相手の正体を知りバイスが吐き捨てる。
バイオブースト―――体内にナノポッドと言う特殊な人工臓器を埋め込み人とは並外れた能力を持つ生物の事だ。
腕の再生が終わるとガルフは軽く地面を蹴り姿を消す。
バイスは対応策に分銅を振り回すが手応えは無かった。


「!?」

「考えはよかったが・・・!!!」


いつの間にか懐に入り込んだガルフの脚がバイスの顎を蹴り上げる。
胸、胴、脚、肩、肘、膝、隙が開いた場所に連続で打撃を叩き込み、最後にマットの上に沈める。
バイスの息は乱れ、体にはクッキリと強打の後が残っている。
だが、そんな彼にガルフは捕食者の目を向ける。


「起きろ、死ぬような力は入れていないはずだ」

「ッち、―――バレテタか」


身体のバネを使いバイスが楽に立ち上がり距離を取る。
「死ぬような力は入れていない」と言ってもダメージが無いわけではなく、口から唾と一緒に血を吐き捨てる。
再度、相手を睨みつけ敵意をむき出しにする。
それを読み取ったガルフは無言で構え、彼を睨め返す。


「次で最後だ・・・本気で来い」

「イイゼ!今の言葉忘れるナ!!!」


空気が変わった。
先程よりも強い熱気、冷たい殺気にその場が包まれる。
観戦客達はその気に呑まれ、身体が震える者さえいる。


「―――!!!」


バイスが動いた。
数メートル離れていた距離を一気に詰め、ガルフの背後に回りこむ。
そして分銅側の鎖を相手の首に縛りつけ、跳躍、ネットを引っ掛ける天井のフックに鎖を引っ掛け地面に着地、鎌に付いている鎖を引く。
重いものを吊り上げる感覚が手に伝わり勝利のサウンドが聞こえる。


「あまいな・・・所詮お前はその程度か・・・」

「!!!」


手から勝利の感触が消えた。
何かが途中で外した感触は無く、突如として消えたのだ。
そんなバイスの眼前に彼の姿があった。
それは自分が吊り上げたガルフの姿だった。


「バイオブーストにはそれぞれ特殊な能力が備わっていてな、俺はその中でも珍しい能力を持っているんだ・・・」


ガルフが言い始めた。
それと同時に彼の周囲が歪み始め、その歪みから漆黒の気を溢れ出てくる。


「本当は貴様のようは奴はこれを使って倒すんだが・・・気が変わった、貴様は俺だけで片付ける」


溢れ出ていた気が蓋を閉じられたように消え、歪みも消える。
だが、それとは逆にガルフの腕を鈍い黒と紫の―――闇の気が包み、恐怖感を煽る。
バイスはすぐに逃げようとするが出来なかった・・・
目の前の強大な力に身体が動かず、神経が縮み上がる。

 

「―――汝の愚かさを呪え―――“ヘルブラッド”!!!」

 

けたたましい絶叫が闇の気から聞こえ、周囲を沈黙に落とす。
バイスの視界を闇が多い、一面を暗黒色に染める。
―――屍が見えた。
死の残骸、死臭の漂う自分の末路が・・・


「ッグは!」


激痛が身体の内部を走る。
外部から殴られたのではなく、内臓を直接殴られた痛みだった。
それと同時に何かが自分の身体を這う感触に気づく。
屍だ、自分を取り巻く一面の闇から屍の腕が現れ自分を掴んでいる。
恐怖が全身に走り、理性を保っていられなくなる。


「―――――――――!!!!!」


人のものとは思えない絶叫と共にバイスの意識は闇にかなたに飛んだ。
身体は屍に捕らえられ闇に消えていく・・・

 

 

 

 

 


「汝、己の闇に喰われ、身を滅ぼせ・・・」


ガルフは軽く言い払いバイスから離れた。
バイスは身体を崩しマットの上で白目の向いている。
だが、身体に外傷は無く何かをされた形跡も無い。
2人の決着が付いたのを見てセシルが軽く声を掛ける。


「ちっとも攻撃してなかったじゃないか」

「あんな奴に下す手など持ち合わせていない」


ガルフはあっさりと返した。
実際のところ、ガルフは一切バイスに触れていない。
やった事といえばバイスの目に手を近づけただけである。
幻術―――相手に強い力をぶつけ、在りもしないものを見せる術の1つだ。
ガルフはそれをバイスに使い、自分では何もせずに勝利を収めたのである。
観客にはバイスが間抜けに悲鳴を上げ気絶したようにしか見えていない。


「ま、そんな事より飯食べに行くぞ。イク曰く今日はAランチ定食の当り日だそうだ」

「じゃ、食べに行くか・・・」


先程の戦いなど頭から消え、2人はAランチ定食を求めその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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登場人物

 

 

名前:ガルフェエル=ノヴァ=レイジ
歳 :不明
種族:バイオブースト

通称ガルフ。
何故か組織にいる漆黒の男。
組織の人間のほとんどが彼の事をあまり知らず、正確に知っているのは一部の上官クラスの人間ぐらいである。
「ナノマシン」と呼ばれる極小機械が体内におり、戦闘などに参加する生物を「バイオブースト」と言う。
非戦闘時はおとなしいのだが戦闘時になると体内のナノマシンを使い身体を変化させ、確実に任務を成功させる。
さらにガルフは通常のバイオブーストには無い能力を持ち、不明な点が多い。



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