KALEIDOCOPE NOVEL

EVE'S STORY
 

 

 

 

 

 

「お前は生きろ・・・死ぬのは1人で十分だ」


冷たい風が私に吹き付けた。
【彼】には嘘は無く、真剣な顔で私を見ている。
私は首を横に振った。
当然だ、さっきまで共に闘っていた相手が突然「私だけ逃げろ」と言っているのだ。


「それなら私も―――!」


衝撃が走り意識が揺らいだ。
いつの間にか【彼】は私に接近し腹部に拳を入れている。


「気持ちは嬉しい・・・けどそれはできないな」


崩れていく私をゆっくりと地面に寝かせながら【彼】が言った。
微かにある意識を維持し必死に【彼】を止めようとする。
腕だけでいい、せめて片腕だけでも動けば―――
だが、そんな私の気持ちとは裏腹に身体は全く動かない。


「大丈夫、そう簡単には死なにはしないさ」


止めようとする私を他所に【彼】は立ち上がる。
心の中で何度も何度も叫ぶが伝わることはなかった。


「また会えるさ、それまで生きろ・・・」


そう笑顔で告げると【彼】はその場から立ち去った。
それが私と【彼】の最初で最後の別れだった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


真紅の閃光が深夜の闇を裂いた。
閃光は闇夜の先にいる黒衣の男を切裂きそれと共に消滅する。


「この害種が!!!」


別の男が剣―――黒鍵を取り出し襲い掛かる。
私はそれを余裕で避け鋭く変形させた手で相手の胸を突く。
鮮血が舞う。
すぐに手を引き死者を蹴り飛ばす。


「ひっひぃぃぃぃ!!!」

「に、逃げろ!!!」


恐怖で怯え殺した黒衣の仲間が逃げ出していく。
すぐ地面を蹴り後を追う。
私の居場所を本部に連絡され応援を呼ばれるのは面倒だからだ。
黒衣の男たちは猛スピードで街路を曲がっていく。
私もそれに続き獲物を追い詰めた肉食獣の様に角を曲がる。


「ぐはぁっ!・・・」

「ぎゃっ!・・・」


断末魔の叫びが聞こえた。
角を曲がった私を迎えたのは黒衣を纏った生者ではなく息の無い肉塊だった。
街路の壁を血が染め、生々しい臭いが鼻をつく。
その中心では男が1人立っていた。
鮮血を纏い、肉塊を足蹴にしている。


「――――――!」


威嚇体勢に入った。
当然と言えば当然だ、急に出てきて獲物とは言え人間を殺した者を味方とは思えない。
そんな私の考えとは別に男は顔についた血を拭う。


「俺ら吸血鬼にこの程度の奴らで勝てると思ってるのか・・・アンタはどう思う?」


ネオン光をバックに男が呟いた。
私と男しか居ない裏路地には静寂と冷たい風が流れ込むだけだった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


小鳥の鳴き声が私の耳に届いた。
すでに日は昇りきっており、町は賑わいを見せている。
ベットから抜け出し締め切った暗い部屋を出て一階へ向かう。
木製の建物独特の匂いがし覚醒しかけの頭にやや睡魔を誘ってくる。


「・・・んー」


リビングに脚を着き、伸びをして睡魔を払う。
カーテン越しの薄い光が人がぎりぎりものを見れる空間を作っている。


「よ、おはよう。もう少し遅いかと思ったけど意外に早起きなんだな」


薄暗いリビングの奥から男が出て来た。
漆黒の服を着た長身の男―――【彼】は両腕に持っていたカップの片方を私に差し出した。
私は有りがたくそれを受け取る。
ついでに早いと言っても時間はもう3時を過ぎているので実際は「早起き」とは言えないのだが吸血鬼的感覚なため気にしなかった。
昨日の一件の後、目の前に出てきた【彼】は敵ではなかった。
本人曰く「仲間を探していた」のだそうだ。
最近この地域周辺の教会による吸血鬼狩りが盛んになっているという事は私も知っている。
昨日の件もありその情報は確かになった。
噂ではかなりの数の吸血鬼が殺られており今回はかなり腕の立つ者を含んでいるんだそうだ。
私はいい香りをさせているコーヒーに口をつけ半分程度飲み干す。


「で、昨日は貴方の話だけを聞いたけど今度はこっちが質問していい?謎なところがけっこーあるんだけど」


まだ半覚醒状態の私と違い完璧に起きている【彼】は「ああ」と返す。
そして少し古い木製のイスに腰掛け私は両腕でコーヒーの温かさを感じる。


「まず、貴方がなんでここに来たかって事。ここは私の縄張りだけどその周囲にも吸血鬼はいるわ、けど貴方はそこには行かずここに来た

・・・」

「それは考えすぎだな、吸血鬼の縄張りに行ってもその主に会えるとは限らない。全て周ったけど誰にも相手にしてくれなかった・・・っ

てところが正解かな」


【彼】は冷静に答えた。
確かに大半の吸血鬼は他の吸血鬼が縄張りに入ってきても自分に害をなさなければ行動を起こさない。
要するに「素通りするだけなら問題は無いので無視」と言うことだ。
当然、その縄張りの主は【彼】が自分の縄張りに入った理由を知らずただ黙って【彼】が出て行くのを待っていたのだ。
そう考えると私は運が悪い、教会に追われていたところを彼に見つかってしまったのだから。


「突然やって来た貴方の事を私が信じられると思う?」

「それは難しいな。口だけならどんな奴でも嘘は言える」


【彼】はあっさり答えた。
意外に素直な反応に私は対応に困った。
素直なのかそれとも何かの考えがあるのかが分からない。
それが私の頭の中で渦を巻き彼が敵味方どっちなのかの判断が鈍くなってくる。


「ま、判断はそっちに任せる。信じられなかったらいつでも殺せばいい」


それだけ言うと【彼】は手前の椅子に腰掛けポケットから取り出した本を読み始めた。


「なら当分はここに置いてあげるわ。けど、何かあったら殺すから」


玄関の扉を開けた。
吸血鬼は日光に弱く昼間は外に出ず塒に潜んでいるというのが世間で思われている事だが実際は多少異なる。
確かに吸血鬼は日光に弱く下手をしたら消滅する者もいるが一方で方法は様々だが日光に強い耐性を持っている者もいる。
私の場合は長い年月で高まった魔力で体に膜を張り日光を遮断する事で昼間でも外出できるようになった。
だがそれにも時間制限がありいつでも戦える状態に魔力を保存していないといけないため約3〜4時間しか出歩けない。
強い日光が目に入り、少し目を慣らしてから外に出る。


「眩しいんならサングラス掛けたらいいのに、ほら」

「あ、ありがとう・・・って!?」


サングラスを受け取り振向くとそこには【彼】が立っていた。
しかも普通にサングラスを掛けて。
再度、私は対応に困らされた。
目を良く凝らし、魔力が見える程度に集中させると【彼】の周りには私よりも落ち着き、繊細で頑丈な魔力膜が出来ていた。
驚いた。
この訳の分からない突然やって来た男が平然とした顔で私でさえ調整の難しい魔力膜を完璧に近い形で作り上げているのだから。
私は現状を確認するために一番確かな質問をしてみる。


「貴方・・・何歳?」

「覚えてないなそんな事。記憶で残ってるは第一次世界大戦が起こった時期だったかな?」


追い討ちの様に信じられない返答が返って来た。
目の前の20代後半と言ったところの青年は最低でも100年は生きている吸血鬼なのだ。
「吸血鬼の若作りほど怖いものはない」とか思ったりした。


「飯は何にするか・・・」


私が隣にいる推定100歳以上の青年に頭を抱えて数分後。
場所はいつの間にか街に移り周囲は活気に溢れていた。
隣の【彼】はクリアブラックのレンズの置くから真剣に食べ物を探している。
別におかしくは無い。
吸血鬼と言っても胃などの消化器官もしっかりあり、もし血を吸わなくても人間の様な生活で生命を維持できる。
だが、【彼】のように朝食(?)をここまで真剣に選ぶ吸血鬼は珍しい。
大半の吸血鬼たちは味には鈍感でとりあえず安い物を買って食べているからだ。
私が少し離れた所で「ぼぉ〜」と見ていると【彼】は近くの店に入ってこちらに戻ってきた。


「ここら辺で美味しいって評判のサンドイッチ。連れが綺麗だからって半額にしてもらった」

「あ・・・ありがと」


【彼】の持って来たサンドイッチを受け取り口に運ぶ。
味は・・・人間の言う感覚では美味しい。
私の鈍った味覚では血肉と毒物類以外の美味い不味いはあまり信頼できないのだが、そんな私がそう思えるぐらいこのサンドイッチは美味

しいんだろう。


「さて、次に行くぞ」


それだけ言うと【彼】は私の頭を「ポン」と叩いて進みだした。
一時放って置いてやろうかと思ったが仕方なく【彼】の背中を追う。
私はこの推定100歳の青年の保護者としてしばらく同伴する事した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


―――いつの間にか日は沈んでいた。

 

 

街の光はネオンに変わり様々な色を放っている。
人の数も減り残っているのは仕事帰りの大人たちぐらいだ。


「疲れた・・・いや、楽しかったかな?」


人が居ない広い公園のベンチに腰をつき私は「クスッ」っと笑った
あれから今まで私たちは様々な場所を回った。
東西南北、町の観光ツアーの倍の速度で回りほとんど街を回りきった。
私には見慣れた光景が【彼】には新しく、また【彼】と見た光景は私には今まで見ていたものとは別のものに感じた。


「ここの街の事も少しは理解できた・・・いい街だな」


【彼】が私の横に座った。
この黒服の青年(?)はそれなりに観光を満喫しており私以上に楽しんでいた。
彼は顔には出さないがなんとなく態度でそれが窺えた。
私は私でいつもと違う外出を十分に楽しむ事が出来た。
こんなに楽しんだのはこんな体になって初めての事だろう。
静かな夜。
私と【彼】は空を見上げる。
雲は1つも無く無数の星が小さく夜空に輝いている。
ゆっくりと時が流れる。
その時間には今までの生きてきた歳月にも相当する魅力があったかもしれない。


「あの、すいません。ちょっとお聞きしたいんですけど」


突然、声を掛けられた。
やってきたのは10代半ばぐらいの女性。
髪は濃い紺色で目は明るい青色。
服が法衣な事は気にはしたがこの町には有名な教会がある為に敵視はしなかった。


「何?私が分かる事なら答えるけど」

「はい、実は―――」

「――――――!!!」


体が宙を舞った。
突然座っていたベンチが引っくり返り私は飛ばされていた。
ベンチがあった場所にはグッサリと長剣が突き刺さっている。
すぐに【彼】を探すと、すでに戦闘体勢に入っており声を掛けてきた女を睨んでいた。
宙に浮かぶベンチを蹴り地面に着地する。


「お前、教会の!」

「貴方も吸血鬼のようですね・・・なら!!!」


黒衣の女性は黒鍵を引き抜き投げつける。
【彼】は腕で投剣を弾く。
弾くと同時に地面を蹴り少女に接近、強く握った瞬速の拳を叩き込む。
通常では在り得ない音が響いた。
だが、手応えは無く女性は無く後方に舞い攻撃態勢に入っている。


「埋葬機関か・・・ここまで来るとなると吸血鬼狩りは本格的だな」

「そうね、貴方と居たのは正解だったかもね」


【彼】の横につき髪を上げる。
相手の女性がヘッドなのか彼女の背後から数人の黒衣の者達が現れた。
武装は黒鍵、他にはブラックバレルを持っている者もいる。
2対4。
現れた3人は戦力と考えなくてもあの女性は強敵だ。
私1人で戦ったら勝てるかどうかも分からない。


「俺はアイツを叩く、他を任せた」


私が答える前に【彼】は先行し地面を蹴った。
そう1人ではない。
少なくとも今は漆黒の青年が私の力になってくれる。
気持ちを落ち着かせ力強く地面を蹴り飛ばした。

――――――

殺気と言う生暖かい風が冷たい夜を駆けた。
私達は教会。
教会は私達吸血鬼。
互いは共に相手を標的とし互いの息の根を止めんと牙を向く。


「テイッ!!!」


閃光が走る。
敵の黒衣を切裂き地面のブロックを抉った。
間髪入れずブラックバレルの乾いた発砲音が鳴る。
前に出て素手で銃弾を弾くとすぐに敵の懐に飛び込み顎を蹴り上げ、第2撃で首の骨を砕く。


「―――!!!」


体勢を崩し投剣を回避、すぐ立て直し敵を視界に入れる。

―――黒鍵と呼ばれる長剣が風を切った。

一閃を放った刃は私の服を掠り追撃を放つ。
強固な物資つ同士がぶつかり合う高い音が響いた。
追撃の一刀を鋭く変形した腕で弾いたのだ。
黒衣の陰で陰が跳ねた。
宙に跳んだそれは上空から獲物を狙う。
さらに隙を与えまいと目の前の黒衣も地面を蹴る。


「―――ッく!!!」


投剣と言う弾丸が空気を裂き標的を狙い撃つ。
6発連続で放たれるそれを瞬時に見切り回避する。
「グサッ」という鈍い響きを響かせ後方で木に黒鍵が減り込む。
突き刺さったのでは無い減り込んだのだ。
しかも刀身が丸々木に減り込み刃先が反対側へ飛び出している。
敵の攻撃力の高さを確認し漆黒の青年は黒衣の女性を睨む。

―――魔力を込めた拳を繰り出す。

初発の拳より威力が増した攻撃は疾風の速さで女性を貫く。
今度は確実に相手を捉え彼女を上空へ吹き飛ばす。
すぐに追い討ちを掛けるべく跳躍しようとする。


「あまいですよ」


視界が反転した。
いつの間にか敵である女性の顔が眼前に現れている。
無邪気に笑って見せると彼女はそのまま青年の後ろへと消える。
同時に鉄の雨が【彼】を襲い赤黒い鮮血を吹き上げる。


「―――ぐッ!!!」


地面に膝を突いた。
全身に突き刺さった黒鍵は体から魔力を放出させ体の動きを押さ込む。
無理矢理体を動かし女性の方を振り返る。
女性は黒衣を纏っておらず、動きやすそうなワンピース姿だった。
どこから取り出しているのかまた両手に6本の黒鍵を構える。


「黒鍵の攻撃を受けて浄化されない吸血鬼なんて・・・貴方本当に吸血鬼ですか?」

「ああ、そうだ。こんな体になって女の子に襲われるとは思ってもみなかったな」


驚いている彼女を他所に魔力を溜め全身に放出する。
すると全身に突き刺さっていた黒鍵は粉砕され粉屑となって地面に崩れ去った。
体の自由を確認し立ち上がる。
黒鍵の傷は何事も無かったかのようにすぐに再生した。
再度顔が歪むのを予想しながら彼女に向き直る。


「教会も落ちたな、この程度の黒鍵では下級の吸血鬼しか倒せないな」

「そうですね・・・ならこれを使うしかないでしょう」


赤い閃光が弧を描き空と大地を駆ける。
瞬時に魔力を注ぎ込んだ爪が空を裂き赤い衝撃が黒衣の者を襲った。
嫌いと言う訳では無いが魔力を飛ばすこの技は私は得意では無い。
魔力を放出するのは簡単だが一定の威力を保ったものを放つのはかなりの力を消費するからだ。
地面を蹴る宙に舞い上がる。
さっきも言った通り魔力を飛ばすのは難しく威力をセーブしていた為に致命傷には至っていないからだ。
落下してくる黒衣の者を捕まえ下にいる仲間目掛けて投げつける。
さらに自身もそれを追い足から一気に降下する。
魔力を足に集中させ敵の胸の裏を蹴り飛ばす。


「ギャァ―――・・・」


寂しい声の後、沈黙がそこに舞い降りた。
足元にいる黒衣の者らは生気は無く無言の屍となっている。
なんとなくこの前レンタル屋で借りたサムライの国の特撮ヒーローの技を真似てみたが予想外の威力だった。
直撃した敵は心臓が破壊され、さらに着地時の巻き込まれた者も全身の骨を砕かれ息を引き取った。
世の中見様見真似でも以外になんとかなるものだ。

 

 

―――その場を揺るがす猛風がその場に生まれた。

 

 

生み出された刹那の殺気に私は振向き体を硬直させた。
死。
吸血鬼と言う種にそれを確実に感じさせる殺気がそれには込められていた。
目の前に広がる光景では青年は両腕から魔力壁を発生させ女性の放った一角獣の弾丸を防いでいた。
女性の持っているのはパイルバンカーのような武器でかなりの霊力、聖力を秘めている武器だった。


―――第七聖典。


私の脳内で記憶されていた最強最悪の武器名が過ぎった。
転生を否定する教会が作り上げた転生批判の外典で霊的ポテンシャルの高い存在に対しては高い攻撃力を持つ概念武装だ。
さらに必然的にその使用者である女性の名前までも浮かび上がってきた。
魔力壁が悲鳴を上げ砕け散った。
破壊され、形状を保てなくなった魔力は突風となり2人を包み込む。
その風を利用し【彼】は跳躍、弾丸の如く突進してくる代行者から逃げのびた。
ミサイルが直撃したような爆音が響く。
公園の道として敷かれていたレンガは四散し小規模なクレーターだけが跡を残す。

破壊力に恐怖を覚えた。

対吸血鬼用の兵器だとしても【彼】は100を超える長寿の吸血鬼だ。
絶大な魔力を持った青年の防御もあの武器には楽に粉砕された。
【彼】自身の肉体も一部焼け焦げており苦悶の表情を浮かべている。
もし私に向けられたのならアレは確実に私の命を奪うだろう。
すぐに【彼】を助けに行きたいが体が動かない―――いや、『動けない』。


「――――――」

「――――――」


息が合っているかのようなタイミングで互いに地面蹴る。
風を切り激突する2人。
音より速い闘いは私の視界に闘争心と言う残像だけを残し繰り広げられる。

硬質な物体を弾く。

魔力が弾かれ空気中に消える。

技が相殺する。

僅かな隙で敵の重い一撃が体に突き刺さり声を漏らす。

吸血鬼と代行者。
魔者と聖者。
互いに反発し合う者同士が殺気をぶつけ合い敵の死を求める。
血肉が裂かれ、骨が砕かれても彼らは獲物の屍を見るまでは止まらない。


「!?」


私の横を通り抜け轟音が地面を叩く。
それに限らず、戦闘を繰り広げている両者を中心に砕かれた地面が見れる。
彼らの放った攻撃の流れ弾が地面を破壊していく。
自分に向かってくる流れ弾を必死に防ぐが威力が高く腕が痺れる。


「逃げろぉ!―――!!!」

「え!?」


激しい光が視界を覆い尽くした。
轟音が地面を砕き生まれた突風が木々を裂く。
動けなかった・・・
【彼】の叫びは聞こえたがそれに体が反応する前に閃光が私を襲った。
視界は白一色で塗りたくられ、自分の生死すら分からなくさせる。
全身から力が抜け脱力。
五感が遮断され何も感じる事も出来ない。
死とはこんな感じなのかと納得するほど私は死を認めていた。


白い視界に小さな光が生まれた。


それはとても小さくすぐに消えるが幾度となく現れまた消えていく。


「――――――!!!」

「・・・え?」


激しく響く閃光の中に1人の青年が居た。
青年は傷ついた体を必死に立て両腕で襲い掛かる光を防いでいる。
白い視界が覆うその世界に彼の後姿だけがしっかりと映っていた。


「―――Chaos barrel fullopen.

       Emit! Providence breaker!!!―――」


声と共に閃光が弾かれ、四散した。
光に包まれた視界が回復し元の景色に戻る。
力の無い四肢に鞭を打ち私は【彼】に近づく。
異臭が鼻を突いた。
【彼】の両腕は焼け爛れ、肩までに岩が砕けたような傷が走っている。
私はすぐに治療しようとするが青年はそれを静止する。
その眼前には乾く事の無い殺気を放つ代行者が居た。


「第七聖典を弾くなんて・・・信じられない力ですね」

「そうでもないさ、魔力の使い方さえ良ければ誰にでもできる芸当だ」


青年は笑った。
それとは逆に魔力を腕に集中させ腕の回復を行なう。
焼け爛れた腕は信じられない速度で再生し傷1つ残さず元通りになった。
何事も無かったかのように構え、2人の強者は再度睨み合う。


(一旦退くぞ。3カウントで全力で逃げろ、いいな?)

「え!?」

(俺もそろそろ限界なんだ、こうしてテレパシーするのもやっとってところだ)


突然、頭の中に声が聞こえた。
そっと【彼】を見上げると私には背を向け口も一切開けていない。
原理はサッパリだがこれも【彼】の能力の一種らしい。
私はすぐに代行者に気づかれないように体勢を立てる。


(3・・・2・・・1・・・)

「GO!!!」


間髪入れずに始まったカウントの終了と同時に私は地面を蹴った。
ただでさえ限界の身体に負荷を掛け全力でその場を駆け抜ける。
それに合わせて【彼】も跳躍し私とは逆の方向へ姿を消す。
私は後ろから追って来る代行者の気配を感じるが振向かずに足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」


異常に脈打つ心臓を押さえつけ、ゆっくりと呼吸を整えていた。
場所は街の裏路地。
無我夢中で逃走していたのでどうゆう通路でここに来たのかは分からないが取り合えずここは安全らしい。
状態は最悪だ。
体力も魔力の残量もゼロに等しく今襲われたら確実に負けるだろう。
さらに、


「逃げたのは・・・いいけど・・・待ち合わせ場所・・・決めてなかった・・・」


魔力で居場所を教えるのもいいだろうがそうすれば代行者にも気付かれる。
それにしてもあの代行者は異常だ。
あの100歳もある吸血鬼の青年に後退を強いらせるほどの強さは尋常では無い。


「クソッ!!!」


拳で壁を叩いた。
手からは血が滲み出し、強く噛み締めた歯はキシキシと悲鳴を上げている。
屈辱という無力さが私に降り注いだ。
昨日まで襲い掛かってきた教会を弱者と例え難なく倒していた自分が情けない。
実際は私もその内の1人だという事に気付かされた衝撃は限りなく大きかった。


「何やってるんだ、そんな事をしてたら敵に気付かれるぞ」

「!?」


突然、闇の中から声が聞こえた。
顔を振り相手の顔を確認する。
当然、裏路地の奥から出てきたのは【彼】で幻影や偽者と言う事は無かった。
【彼】の安全を確認できたせいか身体の力が抜けるのが分かる。


「大丈夫、貴方が待ち合わせ場所決めなかったからイラついてただけ」

「それはどうも。ま、そんな事しなくても俺はお前の位置は分かっていたからな」

「あっそ・・・」


呆れと関心半分で溜息が出た。
【彼】の異常な能力に関して一々反応するのが面倒になったのかもしれない。
力の入らない体に再度鞭を打ち壁から離れる。


「早くこの場から逃げるわよ、あの代行者もすぐに私達に気付くだろうし」

「いや、その必要は無い・・・」

「え・・・?」


意外な返答に私は声が出なかった。
混乱する私を察しているのか【彼】は少し間を置いて私を見つめる。
そして目を合わせながらゆっくりと口を開いた。


「2人で逃げて逃げ切れる確率は低い、ならどちらかが囮になるしかない・・・」


冷たい風が私を吹き付け、それが夢ではない事を知らしめた。


「お前は生きろ・・・死ぬのは1人で十分だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷たい風が流れ、彼女の髪を撫でた。
場所は地上から遠く放れた高層ビルの屋上。
目の前には宝石を散りばめたような光りを放つ街が広がっている。
彼女はその街を鋭い眼差しで凝視し、街を見渡していた。


「ここもハズレかぁ・・・ま、いつもの事なんだけどね〜」


目的のものが見つからなかったのか彼女はその場に座り込んだ。
一息着こうとポケットから赤いパックを取り出し一気に飲み干す。


「ふぁ〜、輸血パックは携帯できるのはいいけど味がイマイチなんだよね〜」


飲み干したパックを投げ捨て口周りの血を拭き取る。
凍えるような風が止む事無く流れ、私に当たる。
あの日の風もこれぐらい冷たかったのだろうか?
漆黒の服を着た青年―――【彼】出会い、別れたあの日も。
私はあれからこうして【彼】を探す旅に出ている。
旅と言っても一週間もすると元の巣に帰っている旅行のようなものだ。
町々を巡り、微かに記憶に残った魔力を頼りに【彼】を探している。


「さて、次は何処行こうか。極東あたりでもいいな〜」


当ても無い旅の目的地を適当に考える。
現実問題、【彼】はすでに代行者に殺られこの世に存在しないかもいしれない。
もし生きていても万に一つも合える可能性は無いかもしれない。
けど私は探しつづけるだろう。
軽くコンクリートを蹴り、屋上から光の海へ飛び込む。
それに恐怖は無く心地よい風が私を包む。
私の名前はセオド=イヴ=クイール。
闇夜を生き、生者の血を啜る吸血鬼だ。
今は訳あってある男を捜している。
理由は簡単、あの時私の為に自分を囮にした馬鹿の顔を1発、いや2発・・・取り合えず気が済むまで殴ってやりたいからだ。
だから私は【彼】を探しつづける。
理由はそれだけでいいと思っている、【彼】を見つけるそれまでは―――


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